理解が追いつかない

「やっと外れた」


 ミサンガが外れた俺は、呟くようにそう言った。

 ただミサンガを外すだけなのに、どんだけ時間が掛かったんだよ。もうそろそろ夕食の時間だぞ。

 まぁいいか。綺麗に外れたんだし、さっさと右足の方に付け直そう。

 ……流石に、そんなに固く結ぶ必要は無いよな。外れることなんて普通はまずないだろうし。


「よし、これでいいな」


 そして、利き足の右足首にミサンガを付け終わった俺は、一応念の為、といった感じに右足を少し振ってみた。

 まぁ、分かってた事だけど、外れないな。


「ユーリ様、夕食の準備が出来ましたが、どう致しますか?」


 扉がノックされながら、そんな声が聞こえてきた。

 ナイスタイミングだな。


「直ぐに行く。イリーゼも居るんだよな?」


「はい」


 よし、だったら、さっさとリビングに向かって、イリーゼにミサンガを右足首に付け直したことを報告しよう。

 外したりしたらダメだって言われてはいたけど、ちゃんと言えばイリーゼも分かってくれるだろうしな。


「イリーゼ、夕食を食べ終わってからでいいんだけど、話がある。時間を取るつもりは無いが、大丈夫そうか?」


 リビングに入り、イリーゼが先に椅子に座っていたのを確認した俺はイリーゼの対面に座りながら、そう聞いた。

 最初に話そうと思ってたんだけど、その間に料理が冷めるのは料理長に悪いからな。食べてから話すことにしたんだ。


「はい、当然です! 何を差し置いてでも、私はお兄様を優先するので全く問題なんてありません」


「……用事があるのなら、そっちを優先してくれていいんだからな?」


「大丈夫ですよ。お兄様との用事以外に用事なんてありませんから」


「……そうか、無いのなら、いいんだ」


 割と問題ではあるんだけど、今はいい。まだ慣れてないだけだろうしな。このいじめのない生活に。

 

「それじゃあ、さっさと食べるか」

 

「はいっ。お兄様」


 


 そうして、俺たちは夕食を食べ終わった。

 もう既に食器もメイドに持って行って貰っていて、今この空間にはイリーゼと二人きりだ。


「それで、お兄様。話とは、なんでしょうか」


「あぁ、大したことじゃないんだけど、これを見てくれ」


 口で説明するより先に見せた方が早いと思った俺は、ソファに移動してから、右足首をイリーゼに見せた。


「……は?」


 その瞬間、部屋が凍った。

 比喩表現でも何でもなく、そのままの意味で、本当に一瞬で部屋が凍った。


「は? え? いや、は? なんだ、これ」


 イリーゼから魔力が漏れ出ているのは理解出来る。

 ただ、こんなこと、本当に同じ人間にできるようなものなのか? 魔法を少しでも嗜んでいるものなら、ありえない状況だと直ぐに否定するような状況が俺の目の前には広がっている。……そう、目の前に広がっているんだ。なのに、その上で、俺の頭はありえないと否定してしまう。

 本当にどうなってるんだ?! そもそも、なんで俺はこんな部屋全体が凍っているのに、寒くないどころか、程よい暖かさまで感じているんだ?!


「お兄様、どういうこと、ですか?」


「ど、どういうことって、何が、でしょうか」


 思わず敬語になってしまいながら、俺はそう言った。

 どういうことかを聞きたいのは俺の方だが、そんな疑問を飲み込んで。


「白々しいですよ? お兄様」


「い、いや、本当になんのことだか分からな──」


 なんの事だか分からない。

 そう言い切る前に、俺は泣きそうな顔のイリーゼに押し倒されていた。

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