予想通り
「今日は大丈夫そうか?」
イリーゼが風呂に入ったのを確認した俺は、母様の部屋の前まで来て、母様付きのメイドにそう聞いた。
「もちろん、大丈夫ですよ」
「だったら、中に入れてくれ」
「はい。……奥様、ユーリ様がお見えになりました。扉を開けても構いませんか?」
「えぇ、もちろん構わないわ」
メイドが扉をノックしながらそう尋ねると、中からそんな声が帰ってきた。
間違いなく母様の声だ。
「失礼します、母様」
そうして部屋の中に入ると、母様は紅茶を飲みながら優雅に本を読んでいた。
「久しぶりね、ユーリ」
「はい、お久しぶりです」
「何か用かしら?」
ちょっと言葉が冷たい気がするけど、この人も俺を甘やかして育てた一人なんだし、嫌われてる、なんてことはないと思う。
「少しお聞きしたいことがあります」
「私の答えられることなら、当然答えるわよ。可愛い息子の頼みなんですもの」
「……イリーゼの扱いは何故、あのようなものだったのでしょうか」
父様の時よりも少し緊張しながらも、俺はそう聞いた。
「? あの者は私たちのような高貴な血が流れていないのですから、当然でしょう?」
すると、予想していたこととはいえ、父様と同じような答えが返ってきた。
……まぁ、そうだなよな。政略結婚とはいえ、父様と母様は愛し合っているんだ。当然、そういう価値観も同じだよな。
「……そうですか」
分かっていたことだし、俺が何かを思うことなんて無い……というより、出来ない。
少し前まで、俺だってイリーゼをいじめていた立場なんだから、父様や母様達と何も変わらない。
「聞きたいことはそれだけ?」
「……はい、わざわざ答えて下さり、ありがとうございます」
「いいのよ。それよりも、今日は久しぶりに家族みんなで夕食を食べない?」
「……いえ、今日も夫婦水入らずの二人きりで食べてください。私は妹と二人で食べますから」
「妹……? あぁ、そういえばそうだったわね」
……あぁ、母様の認識では、本当にイリーゼは家族じゃないんだな。……恐らく、と言うか確実に、父様の認識でもイリーゼは家族じゃないんだろう。
だったら、今からで間に合うかは分からないけど、せめて俺だけでも、イリーゼの家族になれるように頑張らないとな。
「……失礼します」
「え? ちょっと待ちなさい、ユーリ」
俺は一言そう言って、部屋を出た。
後ろから母様が俺を呼び止めていたけど、それを無視して。
部屋を出ると、メイドが黙って頭を下げてきた。
それも無視しながら、俺は自分の部屋に戻った。
「ユーリ様、よろしいでしょうか?」
そして、部屋に戻ってベッドに寝転がって色々と考えていると、扉のノック音と共にそんな声が聞こえてきた。
ついさっき聞いたばかりの声……母様付きのメイドの声だ。
「何か用か?」
「奥様をお連れ致しました」
「は?」
「ユーリ、入るわよ」
冗談だろう? なんでわざわざ追いかけてきたんだ? 確かに、母様は最後何かを言おうとはしてたけど、そんな大事なことを言おうとしていたってことなのか?
「何か用ですか、母様」
流石にベッドで寝転がったまま母様を出迎えるのもどうかと思うから、俺はベッドから起き上がり、適当な椅子に座りながら、母様を出迎えた。
「えぇ、聞きたいのはその足に付いたミサンガのことです」
「……ミサンガ?」
なんで母様がミサンガのことを聞いてくるんだよ。
イリーゼとお揃いなのを見られたのか? ……いや、ありえない。母様は……この人はイリーゼのことを家族だと思っていないどころか、完全に邪魔者だと思っている。
わざわざ自分からイリーゼを視界に入れるような真似はしないだろう。
だったら、このミサンガの何を聞きたいんだ?
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