こういうところで

「ユーリ様、今日はこの辺りでやめておきましょう」


 マロウさんのそんな声によって、俺はもう辺りが暗くなり始めていることに気がついた。

 ついでに言うのなら、魔力を使いすぎて身体中が汗だくなことにも気がついた。


「お兄様、タオルをお持ちしました」


 さっきまでは魔法に集中していて、全く汗のことなんて気にしてなかったんだけど、自分の体が汗だくなことに気がついてしまうと、かなり気持ち悪く感じる。

 そんなタイミングで、ずっと静かにしていてくれていたイリーゼがそう言ってタオルを持ってきてくれた。

 

「ありがとう、イリーゼ」


「はい! お兄様のためなら当然です!」


 正直、なにか企んでいるんじゃないのか? と思わないでもないが、汗が気持ち悪いのも事実だったから、俺はイリーゼから素直にタオルを受け取って礼を言った。


 タオルは程よく冷たくて、かなり気持ちいい。

 ……このタオルを持ってきてくれたのが普通のメイドであったのなら、気が利くな、くらいで済む話なんだけど、その相手がメイド服を着ている少し前まで俺がいじめていた妹、となると、かなり複雑……というか、何を考えているのかが分からなくて怖い。

 と言うか、なんでイリーゼは未だにメイド服を着てるんだよ。

 ……昔は俺が着ろって命令して着させてたんだけど、今はもうメイド服を着ろ、だなんて言ってないんだから、おかしいだろ。


「マロウさんも、こんな時間までありがとうございます」


「い、いえ、仕事ですから、当然です」


 まぁ、そうだな。マロウさんの立場からしたら、当然の事ではあるのかもしれないけど、他の魔法使いだったら絶対こんな時間まで待っていてくれたりしてくれていないだろうから、礼を言うのは当然だ。


「と、取り敢えず、ユーリ様、今日のところは帰らせてもらいますね。また7日後、よろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」


「は、はい」


 7日後? ……まぁ、マロウさんはこんなでも宮廷魔法使いなんだし、忙しいのは当然か。

 むしろ7日後にまた来てくれることに感謝すべきだな。




 そうして、マロウさんは赤い石を俺に渡したまま、帰っていった。

 7日でこれに頼らずに炎魔法を使えるようになれるかな。……別に7日でできるようになれ、なんて言われてないんだけど、俺としてはいつイリーゼに復讐をされるのかが分からないから、早く強くなりたくて、どうしても焦ってしまう。


「お兄様、お兄様ならきっと出来ます。だから、焦らないでゆっくりでも大丈夫ですよ?」


 そう思っていると、俺を焦らせている張本人のイリーゼが俺の手を優しく包み込んできながら、そんなことを言ってきた。

 ……俺が焦っているのを察して、励まされてるっていうのは分かるんだけど、俺を焦らせてきてる本人に言われても、な。……いや、元を辿れば悪いのは俺だし、仕方ないんだけどさ。


「そう、だな。励ましてくれてありがとな、イリーゼ」


「お兄様の役に立てたのなら、良かったです」


「今日のところは、中に戻るか。俺の魔力ももうすっからかんだし、肌寒くもなってきただろ。俺はともかく、イリーゼが風邪をひくかもだしな」


 こういうところでイリーゼの好感度を稼いでおかないとな。

 肌寒いのは事実だし、イリーゼの心配をしていない訳でもないから嘘をついてる訳でもなく、好感度を稼げる。完璧だな。


「は、はい。確かに、お兄様が風邪を引いてしまっては大変です。汗もかいておられましたし、直ぐにお風呂の準備をしてまいりますね!」


「え、いや、イリーゼがそんなことをする必要はーー」


 イリーゼがそんなことをする必要は無い。

 俺がそう言い切る前に、イリーゼは家の中に戻っていってしまった。

 え? マジでイリーゼが風呂の準備するの? それじゃあまるで、まだ俺がイリーゼのことをいじめているみたいじゃないか。

 そういうのはメイドの仕事なんだし、イリーゼがするようなものじゃないんだけど。


 そう思って、今すぐにでもイリーゼの後を追いたいんだけど、魔力がすっからかんで脱力感のある今の俺にはそれは叶わなかった。

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