もういいや
「……大丈夫、だよな」
服を脱いで、風呂場にいる俺はそう呟いてから、ゆっくりとミサンガが着いている左足をお湯の中に入れた。
ミサンガは溶ける様子も無ければ、解ける様子も無い。
本当に大丈夫っぽいな。
……ウォータースパイダーの糸をお湯につけても平気だってことをなんでイリーゼが知ってたのかは分からないけど、まぁ、大丈夫なのなら、別にいいか。……これ以上深くは考えないようにしよう。
ただでさえ、イリーゼが俺より魔法の才能があったってことに驚いているんだから、これ以上変な情報を頭に入れたくない。
……うん。ただの現実逃避ってやつだな。
そんなことを思いながら、そのまま、俺は肩までお湯に浸かった。
「はぁ。……今更だけど、一人になりたいのなら、風呂に入るのも良かったのかもな」
俺はそんなに長時間風呂に入ることなんて出来ないし、一人になれる時間は少なかっただろうけど、こうやって一人で落ち着けることには間違いないからな。無しではなかったのかな。
まぁ、外に出たおかげでイリーゼにプレゼントを買うことが出来たんだし、結局、今日は外に出て良かったと思ってるんだけどな。
「お兄様」
風呂に浸かりながら色々と考えていると、風呂場の扉の声から俺を呼ぶイリーゼの声が聞こえてきた。
正直、びっくりした。
完全に気が緩んでたところを、いきなり話しかけられたからな。
「ど、どうした? 何か用か? イリーゼ」
「はい。いつも通り、お兄様の着替えを持ってきたんですよ」
……この前もこんなこと、あったよな。
その時、ちゃんとメイドの仕事を取らないようにって俺、言ったのに。
「イリーゼ、着替えを持ってきてくれたのはもちろんありがたいんだけど、この前も言っただろ? メイドの仕事は取らないようにって」
「はい、私もこの前申しましたが、メイドのことは気になさらなくて大丈夫ですよ」
……いや、別に忘れてたわけじゃないぞ? でも……いや、もういいや。
ここは素直に感謝しておこう。
何もメイドの仕事が俺の着替えを持ってくるだけって訳じゃないんだし、大丈夫だろ。
そもそも、父様や母様関連の仕事だっていっぱいあるだろうし、イリーゼが少し取ったくらいじゃなんともないさ。
「そうか。だったら、ありがとな、イリーゼ」
「はいっ。これからも、お兄様のために頑張りますねっ!」
「……イリーゼがそれでいいのなら、まぁ、頼むよ」
「はいっ!」
本当はいつもみたいにイリーゼの好きにしていいんだぞ、みたいなことを言いたかったんだけど、そろそろのぼせてきそうだったし、風呂を上がりたかったから、俺はそう言った。
すると、イリーゼはいつもより気持ち嬉しそうに返事をして、風呂場の前から着替えを置いてから立ち去ってくれた。
「……上がるか」
さっさと夕食を食べて、眠りにつこう。
普通に疲れたわ。無駄にいっぱい歩いたし。
一応最後にミサンガが無事なのを確認してから、俺は風呂を上がった。
「……せっかく貴族なんだし、父様に言って家庭教師でも雇ってもらおうかな」
そして、イリーゼが用意してくれたタオルで体を拭きながら、俺はそう呟いた。
流石にイリーゼより弱いっていうのはな。……別にプライドがどうこうの話じゃなく、もしもの時……イリーゼが復讐をしてきた時に、少しでもダメージが少なく済むように強くなっておきたいんだよ。
……イリーゼがそういう物理的な復讐をしてくるとは限らないけど、少なくとも、俺より才能があることが判明してしまったからな。可能性としては無くはないだろ。……復讐されるのは受け入れてるけど、痛い思いをするのは嫌だし。……イリーゼの心を傷つけておいて、何言ってんだって感じだけど。
「リビングに戻る前に、父様のところに行くか」
つい昨日イリーゼのことに関して、父様に嫌悪感を覚えたばかりだけど、せっかく貴族に生まれたんだし、利用できるものは利用していかないとな。
……当主にはもうなりたいなんて思ってないけど。
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