どれだけ固く結んだんだよ

「ーー様」


「……」


「ーーお兄様」


「え、あ、ん? わ、悪い、イリーゼ、集中してた。何か用か?」


 魔力操作の練習に集中していて、イリーゼの声が聞こえていなかったことを素直に謝りつつ、俺はそう聞いた。


「大丈夫ですよ。それより、そろそろ夕食の時間ですけど、どう致しますか? 先にお風呂に入りますか?」


「あー、そうだな。先に風呂に入らせてもらうよ。わざわざありがとな、イリーゼ」


「いえ、お兄様の役に立てたのなら、良かったです」


 別に俺のために何かをする必要なんてもうイリーゼには無いんだけど、まぁ、これくらいは普通の兄妹の範疇だろうし、特に何かを言うことでもないだろうから、俺は素直にお礼を言った。


「それじゃ、風呂場に行ってくるよ」


「はい」


 イリーゼに一言言って、俺は風呂場にやってきた。

 そして、服を脱ごうとしたところで、今日はいつもと違う所があることに気がついた。

 そういえば、このミサンガ、どうしたらいいんだ? 普通のミサンガだったら別に取らなくても良かったんだろうけど、これ、ウォータースパイダーの糸とかいう訳の分からないもので作られたものだし、どうしたらいいのかが分からん。

 ……商会長に聞いておくべきだったな。


 見た目がどう見ても水だし、このまま風呂になんて入ったら溶けてしまいそうだから、外すか。怖いしな。

 風呂を上がったら、イリーゼにも言っておかないとだな。


「……外れない」


 そう思って、左足首に付いているミサンガを外そうとしたんだけど、全く外れる気配が見えなくて、俺は思わずそんなことを呟いてしまった。

 ……イリーゼ、どれだけ固く結んだんだよ。

 

 いくら固くても、もしもってことはあるし、外さない訳にもいかないから、俺はその場に座り込んでミサンガを外そうとした。


「……こんなに外れないこと、ありえるのか?」


 まるで俺の足にミサンガが固定されているのか、ってくらい外れる気配が見えない。

 おかしいだろ、これ。……仕方ない。これはもう結んだ本人に解くのを手伝ってもらおう。

 もちろん、イリーゼが断るのなら、無理強いはしないけど。……いじめはやめたんだし、強制なんてできるはずがないからな。


「イリーゼ、ちょっといいか?」


 まだ服も脱いでなかったし、直ぐにリビングに戻った俺は、まだソファに座っていたイリーゼにそう聞いた。


「お兄様? お風呂に向かったのでは無かったのですか?」


「あぁ、風呂に入るつもりだったんだけど、これの取り方が分からなくてな。イリーゼにも手伝って欲しいと思って、戻ってきたんだよ」


「……お兄様? 何を言っているんですか?」


「何って……だから、このミサンガを外すのを手伝って欲しいって話を……」


「ミサンガを外す……? お兄様、ダメですよ? 外すなんて、絶対にダメですよ?」


 何故か、イリーゼは魔力を少し体から漏らしながら、念を押すようにそう言ってきた。

 いや、でも、ウォータースパイダーの糸がお湯に触れていいのかが分からないし、外した方がいいと思うんだけど。


「い、いや、俺だって、後でどうせつけるんだし、外したい訳では無いんだけど、このミサンガがお湯に触れてもいいのかが分からないからさ」


「そうなんですか? でしたら、大丈夫ですよ」


「え? いや、でも……」


「大丈夫ですよ」


「あ、え、はい」


 イリーゼがそんなことを知ってるはずないのに、イリーゼの圧に負けた俺は頷いてしまった。

 

「ほ、本当に大丈夫なのか?」


「はい、もちろん大丈夫ですよ。だから、絶対に取ったりしたらダメですからね? 仮に取れてしまうことがあったとしても、絶対に同じ場所に付けてくださいね?」


「わ、分かったよ」


 イリーゼに念を押されて、俺は頷いた。

 ……別に同じ場所につける意味なんてないと思うけど、ここで無駄に逆らうのも怖いしな。

 それに、このミサンガはお湯につけても大丈夫だってイリーゼが言ってるんだし、まぁ、大丈夫なんだろう。イリーゼを信じよう。

 

「今度こそ、風呂、入ってくるな」


「はい、分かりました」


 そして、俺はそう言った。

 もしもミサンガが外れるようなことがあったら、手か足、どっちでもいいから、利き手側の右に付け変えようと思いながら。

 イリーゼには悪いけど、利き手側じゃないからかは分からないが、ちょっと違和感があるからな。

 それくらいは、許してくれるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る