今度こそ一人に

「昼食も食べ終わったし、俺は部屋に戻るな」


「はい、分かりました」


 イリーゼが頷いてくれたのを確認して、部屋に戻った。

 そしてそのまま、俺は適当な服に着替えて、こっそりと部屋を出た。

 いやさ? 昨日は一人になろうとして外食をしようとしてたんだけど、結局一人にはなれなかったし、今一人になろうと思ったんだよ。

 ……まぁ、このまま部屋に居れば普通に一人になれてるんだけどさ。……ここにはイリーゼが来るかもだし、外に行きたいんだよ。せっかくの休みだし、部屋でゴロゴロするよりは歩きたいじゃん。

 俺、一応貴族だし、部屋でゴロゴロは休みの日じゃなくても出来るからな。


「あ、ちょうどいい。あんた、俺の護衛として着いてきてくれ」

 

「かしこまりました」


 そして、今回はイリーゼに見つかることなく、護衛を連れて外に出れた。護衛は居て居ないようなものだからな。

 ……別にイリーゼに見つかったって、着いてくるとは限らないんだけど、なんとなく、着いてくる気がしてたから、見つからなくてよかった。

 普通、逆だと思うんだけどな。

 いじめていた俺がイリーゼを避けるなんて、絶対おかしいと思うし。


「どこへ向かうのですか?」


 そうして歩いていると、三歩くらい後ろから着いてきていた護衛がそう聞いてきた。

 護衛としても、行く場所によっては警戒の仕方が変わってくるだろうし、特に何かを思うことなく、俺は答える。


「森だな」


「森、ですか?」


「森と言っても、魔物なんてとっくの昔に制圧されたあの森の方だよ」


「なるほど。そちらなら、大丈夫……ですかね」


「……? なにか出るのか?」


「あくまで噂、なのですが、最近、あの森に近づいた人達が行方不明になっている、という噂が広まっているのです」


 ……俺、そんなの聞いたことないんだけど? 噂になっているのなら、俺の耳に入っててもおかしくないと思うんだが。

 いくら友達がいないとはいえ、話している声くらいは聞こえてくるしな。


「まだあくまで下々の者たちの噂ですから」


 俺が怪訝そうな顔をしていたのを察したのか、護衛はそう言ってきた。

 なるほど。それなら、俺の耳に届いてないのも不思議では無い、のか? ……まぁ、平民たち……いや、平民じゃなくたって、そういう噂話は好きだろうし、真偽は分からないな。

 父様が騎士達をその山に送らないってことが何よりの証拠だ。

 イリーゼに対して……と言うか、貴族以外の人達に対しての態度はともかくとして、貴族としては普通に優秀な方だと思うしな。父様って。

 そうじゃなきゃ、侯爵の爵位なんてとっくの前に剥奪されてるだろ。

 ……ずる賢いだけじゃないことを祈るよ。


「だったら、やめとくか」


 そう思いながらも、俺は護衛にそう言った。

 すると、護衛は意外そうな顔をしてきた。……失礼なやつだな。  

 少し前の俺なら、どうなってたか分からんぞ。


「も、申し訳ありません」


「いや、いい。今回は許す」


「は、はっ」


「……噂とはいえ、そんな噂がある山にわざわざ足を踏み入れるほどあの山に行きたいわけじゃないからな」


 一応補足として、俺はそう言った。

 すると、今度は納得したような表情をして、護衛は頷いている。

 ……こいつ、ちょっと面白いな。

 普通の貴族に仕えていたらすぐに首を跳ねられそうな奴ではあるけど、今の俺にとっては裏表がなさそうでちょっと気に入ってきてるぞ。

 ……俺には何を考えているのか分からない妹がいるからな。

 もしも俺がイリーゼのことをいじめてなんていなかったら、普通の仲のいい兄妹なんだけど、そんなことないしな。

 俺がイリーゼをいじめていたっていう一つの事実によってイリーゼが何を考えているのかが分からなくなってるんだよ。……まぁ、何が言いたいのかと言うと、自業自得ってことだな。


「はぁ」


「どうかいたしましたか?」


「いや、なんでもない」


 と言うか、よく話しかけてくる護衛だな。

 普通、必要なこと以外は話しかけてきたりしないんだけどな。

 普段だったら別にいいんだけど、一人になりたいって今の俺の目的からは離れてるよなぁ。


 まぁいいや。

 それよりも、予定が崩れたな。

 自然の中で一人になる予定だったんだけど、どうしようかな。

 流石に帰るって選択肢は無いし、取り敢えず適当に歩くか。

 歩いてる間に、何か思いつくだろ。多分。



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