しょうがないか

「お待ちください」


 母様のところに向かおうとしたところで、俺はメイドに止められた。


「?」


 何も言わず、視線だけで俺はなんで止めたのかを尋ねる。

 こんな時間に結婚相手でもない男が女性の部屋に行こうとしてるんだから、止める理由も分から無くはないけど、俺、息子だからな。そんな理由で止めたわけではないだろ。


「奥様は既にご就寝なさっています」


「……もうか?」


「はい」


 言うて俺もさっきまで寝ようとしてたし、人のことをいえた立場じゃないんだけど、早くね? ……あれか? 夜更かしは美容に良くない的な感じか? ……もう母様も結構な歳なんだけどな。

 いや、別に歳とか関係ないのか。女性のそういう感情は。

 ……俺には分からん話だ。

 今度、イリーゼにも聞いてみるか? ……いや、失礼かもだし、やめとこ。これ以上嫌われたら、目も当てられないし。……正直、あんまり嫌われてる気しないけど。……いや、俺がそう思いたいだけかな。


「起こす……のはやめた方がいいと思うよな?」


「はい、あまりおすすめは出来ません」


 まぁそうだよな。

 はぁ。しょうがない。また今度の機会にするか。……その機会がいつになるかは分からないけど。

 今日はたまたまだからな。イリーゼが風呂に入っていることを俺が知っているなんて。いつもは知らないし。

 わざわざイリーゼが……妹が風呂に入る時間なんて気にしないから。


「はぁ。それじゃあ、俺は戻るよ。部屋に紅茶でも持ってきてくれ」


「はい。かしこまりました」


 メイドが頷いてくれたのを確認して、俺はそのまま部屋に戻ろうとしたんだけど、今度は自分の意思で足を止めた。


「あー、やっぱり、持ってこなくていいよ。紅茶」


「そうですか?」


「あぁ」


 そして、メイドの方に振り向きながら、俺はそう言ってから、そのまま今度こそ、部屋に戻った。

 いや、だってさ、最近、俺がメイドに頼んだことって大抵メイドじゃなくて、何故か……そう、本当になぜかは分からないんだけど、イリーゼがやってるんだよ。


 それで俺、ちょっと思ったんだよ。

 もしかしてだけど、イリーゼが自分からやっているわけじゃなく、実はメイドにやらされているんじゃないか? と。

 俺に対しては自分からやっているように言ってくるイリーゼだけど、それも裏でメイドに本当の事を言わないように言われているのなら、辻褄が合う……気がする。

 まさかとは思うけど、メイドが俺の名前を出してイリーゼを脅してるわけじゃないよな? もしもそんなことをしていたら、クビにするどころじゃ済まさないぞ。本当に。


 まぁ、取り敢えずはいいか。

 今日はもう寝よう。

 さっきも寝ようとしてたしな。


「お兄様?」


 そうして部屋に戻ろうとしたところで、イリーゼにばったり出会ってしまった。


「……イリーゼか。今、上がったのか?」


「はい。ちょうど今、上がったところです。お兄様はどうしてこんなところに?」


 ……なんて、言えばいいんだろう。

 正直に父様のところに行っていたと言うか? ……いや、でも、イリーゼは父様のことなんて俺と同じで好きじゃないだろうし、あんまりイリーゼとの話題に出したくないんだよな。


「……ちょっとした用事だよ。あんまり気にしないでくれ」


 色々と考えたつもりだったんだけど、上手い言い訳なんて思いつかなかった俺は、そう言って誤魔化した。


「そうですか。分かりました」


 良かった。素直に頷いてくれて。

 追求されたらどうしようかと思ってたわ。


「それじゃ、俺は寝るから、おやすみ」


「はい、おやすみなさい。お兄様」


 そうして、今度こそ部屋に戻って、そのままベッドに横になった。

 ……あ、メイドに明日起こすように言うの忘れた。……まぁいいか。どうせ明日は学園が休みなんだし、起きなくても問題なんて何も無いし。


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