イリーゼが風呂に入っている間に
風呂を上がって、体を拭き終えた後、案の定と言うべきか、イリーゼは扉の前にいた。
それを確認した俺は、見て分かると思うけど、一応、風呂から上がって、イリーゼの番になったことを伝えた。
そして、イリーゼが入るっていうのにいつまでも俺が風呂場の近くにいる訳にもいかないから、俺は自分の部屋に戻った。
戻る途中に出会ったメイドにイリーゼの着替えを風呂場に持っていくように伝えながら。
ただ、部屋に戻ってすぐ、俺は部屋を出た。
本当はもう寝ようと思ってたんだけど、ふと、イリーゼが風呂に入っているというこの状況を生かそうという考えが浮かんできたからだ。
当然だけど、別に覗きに行こうって訳じゃない。
俺が行く場所は、風呂場ではなく、父様がいるであろう書斎だ。今なら、イリーゼに聞かれたくないようなことも聞けるからな。
いつも父様は書斎で仕事をしているからな。今日もまだ起きていて、仕事をしていることだろう。
「誰だ」
そう思って、書斎の部屋をノックしたところ、そんな冷たい声が帰ってきた。
「私です」
親とはいえ、相手は貴族であり、当主様なんだから、丁寧に俺はそう言った。
「おぉ、ユーリか。珍しいな、入るといい」
すると、さっきの冷たい声が幻聴だったのかと勘違いしそうになるほど、優しい声色でそう言ってきた。
……そうなんだよな。俺が甘やかされて育ててもらったことからも分かると思うんだけど、父様は俺には甘いんだよ。
ただ、嫌いとは言わないけど、別に俺は父様のことを好きじゃない。
だって、もしも父様が俺を甘やかしたりなんかせず、普通に育ててくれていたのなら、俺はイリーゼをいじめていたりなんてしてなかったんだから。
……まぁ、自分でこんなことはおかしいって気がつけるチャンスはいっぱいあったんだし、八つ当たりなんだけどさ。
「失礼します」
そうして中に入ると、怖い顔をした俺と同じ黒髪の30代くらいの男が机に向かって座っていた。
当然、俺の父親だ。
「それで、なんの用で来たんだ? ユーリ」
「はい、少し、気になることがありまして」
「気になること? 学園でなにかあったのか?」
……別に学園の件で来たわけじゃないけど、何も無い訳でもないな。
なんかよくわからないけど、フェリシアンによく絡まれるっていう問題が発生してるからな。
「いえ、違います」
「ふむ、ならば、何の用だ?」
「……単刀直入にお聞き致します」
「うむ」
「……イリーゼは、何故あのような扱いなのでしょうか」
俺がイリーゼをいじめていたことを後悔し始めた日から、ずっと気になっていたことだ。
俺の教育云々の前に、父様があの時……イリーゼを初めて俺の前に連れてきた時、あんな紹介の仕方さえしなければ、俺はイリーゼをいじめてなんていなかったんだから、気になって当然だ。
そもそも、今まで知らなかったけど、なんでイリーゼは俺の妹になったんだ? ……ふふ、笑えてくるな。
イリーゼは俺の妹だっていうのに、俺は本当にイリーゼのことを何も知らないな。……ほんと、嫌になるよ。
「何故そのようなことを聞く?」
「最初に言った通り、気になったからです」
「簡単な事だ。あれは我らのように高貴な血を持ったものでは無い。それだけの話だ」
「……それだけ、ですか?」
「うむ。それだけだ」
父様はなんでもないことを言うかのように、そう言って頷いた。
……たったそれだけのことで、イリーゼはずっとあんな扱いで、世間からは無能だなんて言われていたのか? そんな、つまんない理由で?
「そんなことより、ユーリもそろそろ婚約者が居ても良い年齢だ。誰か気になる異性は居ないのか? 居ないのなら、こちらで良さそうなところとの見合いを設けておくが」
……そんなことって。……自分の父親ながら、嫌になるな。
「気になる人はいます。なので、見合いの必要はありません」
「そうか。ならば心配は無用だな」
「はい」
気になる人って言っても、イリーゼのことだけど。
当然、異性としてじゃなくて、妹として、だけど。
「失礼します」
「ん? 待て、もうでていくのか?」
後ろから父様のそんな声が聞こえてくるけど、俺は聞こえないふりをして、そのまま書斎を後にした。
……一応、俺は次期当主として今まで育てられてきたわけだけど、ほんと、こんな家の当主になんてなりたくないな。
「はぁ」
そんな溜息をつきながらも、俺はイリーゼがまだ風呂に入っているのかをこっそりと確認して、今度は母様の所へ向かった。
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