無理に決まってるのに
「お兄様、どこに食べに行くのですか?」
今、俺はイリーゼと二人っきりで、夕食を食べに行くために夜道を歩いていた。
……学園に登校する時と同じ感じで、護衛も居ないから、本当に二人っきりだ。
……俺は学園に行く時と同じで、護衛は必要だって言ったんだぞ? それでも、また、イリーゼの圧に負けたんだよ。
……私と二人っきりなのが嫌なのですか? って同じことを言われて、俺は頷いちまったんだよ。
今はただでさえあの劇のせいでイリーゼに恐怖しているんだから、仕方ないだろ。断ったらどうなるか想像もつかなかったし。
「あー、どうしような」
さっきまでは何となくあそこに行こうと決めてたんだけど、それはあくまで一人の時の話だしな。
イリーゼが着いてくるのなら、話が変わってくる。
変なところに行ったら、イリーゼの見た目的に絡まれそうだしな。
……侯爵家の権力を出せばどうとでもなるけど、侯爵家の子供たちが護衛もつけずに外を歩き回ってる、なんて噂になったら、どうなるか分かったもんじゃないからな。
悪いことなんていくらでも考えられるだろうし。
「イリーゼ、何か食べたいものとか、あるか?」
俺はイリーゼに媚びを売るために、そう聞いた。
少しでもこれでイリーゼの好感度を上げられたらいいなぁ。と思いながら。
悪あがきなことは分かってるんだけど、一応、な。
「私ですか? 私が選んでもよろしいのですか?」
「あ、あぁ、もちろん大丈夫に決まってるだろ」
「でしたら、私はお肉を食べたいです。……最近はともかく、昔はあまり、家では出して貰えなかったので」
「よ、よし、行こう。今すぐに行こう!」
俺は冷や汗を垂らしながら、そう言った。
イリーゼの食事に関しては俺の親が料理人たちに命令してたんだろうけど、俺もイリーゼが俺たちとは違うものを食べてるって知ってたし、同罪だ。
……だからこそ、いじめをやめてからはちゃんとイリーゼにも俺たちと同じ食事を出すように料理人たちに言いに行ったんだから。
「はいっ!」
よ、よし、喜んでくれてるみたいだな。
「手、繋いでもいいですか?」
「え……」
「……ダメ、でしたか?」
「い、いや、もちろん大丈夫だ」
なんで手を繋ぎたいのかは知らないが、少しでもイリーゼの機嫌を取っておきたい俺は、直ぐに頷いて、イリーゼに向かって手を差し出した。
すると、イリーゼはニコニコとしながら、嬉しそうに俺と手を繋いできた。
……本当に嬉しそうにしているようにしか見えないけど、内心では違うんだよな。……もう、怖いよ。
「そ、それじゃあ、俺が案内するな」
「はい」
イリーゼは場所を知らないだろうからな。
……知らないのは俺や俺の親のせいだし、仕方ない。
いや、仕方なくはないか。どう考えても、俺たちが悪いです。
「お兄様、どうかいたしたか?」
「なんでもない」
「そうですか?」
「あぁ」
一瞬、そのことについて謝ろうかと思ったけど、せっかく食事に行こうという状況になって、イリーゼも内心はともかく、表面上では嫌な表情一つしてないんだから、俺がこの空気を壊す訳にはいかないと思って、謝ることは出来なかった。
仮に謝ってたとしても、今度は初めて俺が謝った日みたいにイリーゼだってとぼけてくれたりはしないだろうから「今更遅い」とか言ってくるかもだし、ちょっと、怖かった。……まだ、やり直せると思っている自分が居るからだ。
無理に決まってるのに。そんなの、絶対に。
そう思いながらも、俺はイリーゼと一緒に、昔に親と来た高級料理店にやってきた。
侯爵家の子供ってことでお小遣いは結構貰ってるし、イリーゼと二人で食べたって俺が払えるしな。
「お兄様、私、お兄様と一緒にこんなところで食事をしてもよろしいのですか?!」
「当たり前だろ」
今までは当たり前じゃなかったことも棚に置いて、俺はそう言った。
すると、何故かイリーゼは本当に嬉しそうにしながら、俺に抱きついてきた。
「い、イリーゼ!?」
……落ち着け。
これは全部演技なんだ。
騙されるんじゃない。
「ほ、ほら、せっかくここまで来たんだから、早く食べるぞ」
「あ……はい、そう、ですね。お兄様」
そう言って抱きついてきているイリーゼを引き離すと、名残惜しそうにしながらも、頷いてくれた。
俺はそんなイリーゼの様子にもう一度「演技なんだ」と首を横に振って騙されないようにしながら、店の人に個室に案内してもらった。
もちろん、俺たちが護衛も付けずにここに来ている、ということは言わないように口止め料を渡しながら。
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