今日は一人で夕食を

「料理長に今日の夕食はいらないって伝えておいてくれ」


「……はい。かしこまりました」


 イリーゼと学園帰りに劇を見に行って、帰ってきた俺は一人のメイドにそう言って、逃げるように自分の部屋の中に入った。

 イリーゼに恐怖して、食欲が無くなった……とかでは無い。

 食欲は普通にある。

 なのに夕食をいらないって言った理由は、単純に外に食べに行くつもりだからだ。

 もちろん、イリーゼと……ではなく、一人でだ。

 俺を恨んでいるイリーゼとなんて行くわけがないだろう。怖いし。……怖いし。

 ま、まぁ、当然護衛は連れて行くけど、取り敢えず、存在的には居ないようなものだし、ましてや護衛が俺と一緒に食事をする訳でもないんだから、一人だ。

 ということで、一人で食べに行くよ。


「あ、ちょっと待て」


「はい」


「……イリーゼには言うなよ」


 一度部屋の中に入ったんだけど、言い忘れていたことを思い出した俺は、慌てて部屋を出た。

 そして、去ろうとしていたメイドを呼び止めて、メイドに近づきながら、俺はそのメイド以外には絶対に聞こえないように小声でそう言った。


「はい。かしこまりました」


 一礼して、メイドは俺の元を去って料理長のところに向かって行った。

 わざわざこんなことを言わなくたって、あのメイドは無能だと思っているイリーゼに俺の事を報告なんてしないだろうけど、一応、な。

 よし、これでいいな。今度こそ、部屋に戻ろう。


「おかえりなさいませ、お兄様」


「あぁ、ただいーーッ、い、イリーゼ……な、なんで、俺の部屋に?」


「はい? 妹の私がお兄様のお部屋にいることは当たり前でしょう? いつも、呼んでくれていたじゃないですか」


「い、いや、それは……違わないんだが、違う、だろ」


「それよりもお兄様。随分、先程のメイドの女性と距離が近かったですね? どうして、ですか?」


「ど、どうしてって……そ、それは……」


 まさかイリーゼに聞かれないように近づいてたなんて言えるわけないし、どうしよう。

 

「お兄様? 答えられないんですか?」


「……い、いや、べ、別になんでもいいだろ」


「…………」


 俺が突き放すようにそう言うと、一気に部屋の温度が下がったような気がした。

 ……いや、気がした、じゃない。明らかにイリーゼの体から魔力が可視化できるレベルに漏れ出てて、どう考えてもそれが原因で部屋の温度が下がっているんだと嫌でも察せられた。

 そして、俺がそのことに気がついて恐怖していると、イリーゼはそのまま魔力を抑えることなく、部屋を出ていこうとしている。


「ち、ちょっと待てイリーゼ」


「はい、なんですか? お兄様」


 俺が自分の中の恐怖を押し殺して、イリーゼを止めると、いつもなら内心ではどう思ってるのかは分からないけど、表面上では笑顔を向けてくれるのに、今の表情は強いて言うのなら無、だ。


「あ、い、いや……」


 やばい。泣きそう。

 いや、ダメだ。こんなことで俺が泣いていいわけないだろ。

 俺がイリーゼをいじめていた時、イリーゼは今の俺なんかよりずっと辛くて泣きそうだったんだろうから、俺が泣くなんてダメに決まってる。


「ち、ちょっと、一人になりたくてな? それで、今日の夕食は外で食べようと思って、さっきのメイドには料理長にそのことを伝えてもらうように頼んだんだよ」


「本当にそれだけ、ですか?」


「あ、あぁ、こんなところで嘘をつくわけないだろ?」


「そうですか。でしたら、話を戻しますが、わざわざあれだけ近づいて話をした理由はなんですか? いつもでしたら、あんなに近づいたりはしませんよね?」


「そ、それは……」


 上手く話を逸らせなかった。

 わざわざ近くまで行ってイリーゼには言わないように、と言っていたなんてイリーゼ本人に言えるわけないし、どうしたらいいんだ。


「だ、誰にも聞かれたくなかったんだよ」


 嘘は言ってない。


「一人になりたいとか、言ってしまえば弱みだろ。だから、なるべく誰にも聞かれたくなかったんだよ」


「私にも、ですか?」


「え……」


 これは、なんて言うのが正解なんだ? 頷いたらいいのか? それとも、イリーゼには言うつもりだったよ、とか言えばいいのか? 

 ……ダメだ。全くわからん。

 嫌っている相手からそんなことを報告して欲しいのか欲しくないのかなんて分かるわけないだろ。


「も、もちろん、伝えるつもりだった。イリーゼには、後で言うつもりだったんだよ」


 心の中で悩みに悩んだ結果、俺はそう言った。

 頼む、正解であってくれ。そう、願いながら。


「そうですよねっ。でしたら、私も今日の夕食は要らないと言ってまいりますね!」


「え? いや、何言って……」


 俺の言葉を聞き終える前に、魔力の漏れもなくなって、元の様子に戻ったイリーゼは部屋を出て行ってしまった。

 ……元の様子に戻ったってことは、正解だったんだろうけど、何故か俺はイリーゼと夕食に行くことになってしまった。

 いや、そうだと言われたわけじゃないし、ただイリーゼが食事を抜いただけの可能性だってあるんだけど、このタイミング的に絶対違うでしょ。

 あれ、俺、一人になるつもりだったんだけどな。……なんで、イリーゼと……俺を嫌っている相手とわざわざ外に食事に行くことになってるんだ?

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