絶対じゃないって言っただろ?

「おい、待て!」


 授業が終わって、もう帰ってもいい時間になったから、またフェリシアンに絡まれる前に教室を出ようとしていたところで、後ろから声をかけられた。

 ……そう、俺が絡まれたくなかったフェリシアンだ。


「……はい、なんでしょうか」


 流石にこんなに同等と声をかけられてしまっては、権力的に無視をするわけにもいかず、俺は嫌々ながらも後ろを振り返ってそう言った。


「どこに行く気だ」


「……どこって、家ですけど」


 平民とかなら学校終わりにそのままどこかに遊びに行く、とかもあるのかもしれないけど、一応俺は貴族なんだ。

 仮に誰かと遊ぶ予定があったとしても、一旦は家に帰るに決まってるだろ。……まぁ、俺に友達なんて居ないってことを知ってて嫌味として言ってきたのかもしれないが。


「ならばさっさとお前だけで帰れ」


「えっと、イリーゼを置いて帰れと?」


「お前と一緒の空間に居るなんてイリーゼも嫌だろうし、お前が何をするかが分からん。だからこそ、俺が馬車で送って行くと言ってるんだ」


 言い方はあれだけど、そこにはしっかりとイリーゼを心配しているという意思は感じられた。

 言ってることも別におかしくないし。

 少し前の……いじめをやめる前の俺なら、絶対何かをイリーゼに押し付けてただろうしな。

 

「そうですか。それでは、私は大人しく帰りますね」


「あぁ、さっさと行け」


 イリーゼも歩いて帰るより馬車で帰る方がいいと思って、俺はそんなフェリシアンに向かって頷いて今度こそ教室を出た。

 やっぱりさっきイリーゼと別れた時に「一緒に帰るのは絶対じゃない」って言っといたのは正解だったな。

 俺の予想してたようなものとは違うけど、まぁいいだろう。

 イリーゼに変な気を使って怒らせたことはイリーゼが帰ってきてから謝ったらいいしな。




 そうして、俺は正門の方……ではなく、裏門の方に来ていた。

 正門の方だったらイリーゼが待ってる可能性があるからな。

 別に正門の方に行ってイリーゼが俺の事を待っていたのなら、普通に俺と帰るのは嫌だろうし、フェリシアンに送って貰ってくれ。とでも言えばいいだけだし、どっちでも良かったんだけど、会ったら会ったでまたフェリシアンに絡まれそうだし、会わない方が多分楽でいいんだよ。


 ……俺もイリーゼに「喜んでフェリシアン様と帰ります!」とか面と向かって言われたらちょっとショックだし。

 いや、嫌われてるのは当たり前だし、もしもそんなことを言われても仕方の無いことなんだけど……やっぱり、傷つくものは傷つくんだよ。

 かなりクソ野郎な考えではあるけど、今では出来れば仲良くしたいって考えてるし。


「はぁ」


「ため息なんかついて、どうかしたんですか? お兄様」


「あぁ、ちょっとイリーゼを……ん? は!? い、イリーゼ!? な、なんでここに居るんだ!?」


「? それはどういう意味ですか? お兄様。私とお兄様は一緒に帰る約束をしていましたよね? それなのに、なぜ私がここにいることを不思議がるのですか?」


「い、いや、絶対ではないって言っただろ? それに、待ち合わせ場所とかは別に言ってなかっただろ。そもそも、なんで俺がここにいるって分かったんだ?」


 普通に考えて俺を……いや、俺じゃなくても、誰かを待つんだとしたら、正門前で待つはずだ。

 それなのに、こんな裏門近くでイリーゼに会うっていうのは、俺がここにいるという何かしらの確信がないとおかしいんだよ。

 

「? お兄様の居る場所を私が分からないわけが無いじゃないですか。お兄様だって、私のいる場所くらい分かりますよね?」


 ……ごめん。何を言ってるんだ? 分かるわけが無いだろ。

 もしも俺がイリーゼのいる場所を分かってたんだとしたら、的確にそこは避けて今頃もう帰り道を歩いてるところだぞ。


「今更ですけど、お兄様こそ、何故ここに? まさか私との約束を忘れて一人で帰ろうとしていたわけではありませんよね?」


 イリーゼは目のハイライトを消して、雰囲気を明らかに変えながら、そう聞いてきた。

 

「い、いや、覚えてたに決まってるだろ?」


「でしたら、何故こんなところにいるのですか?」


「ふ、フェリシアン様、そう、フェリシアン様がイリーゼは俺が家に送って行くから、お前は早く帰れって言ってきたから、一人で帰ろうとしてたんだよ。ほ、ほら、イリーゼだって俺と帰るよりフェリシアン様と帰る方がいいだろ? だ、だから、約束を忘れてたとかではなく、イリーゼのためを思って、俺は一人で帰ろうとしてたんだよ」

 

 イリーゼの様子に恐怖を覚えた俺は、つい早口になってしまいながらも、そう言った。

 

「……帰ろうとしていたのですか?」


「え?」


「一人で、私を置いて、一緒に帰ると約束した私を置いて、お兄様は一人で帰ろうとしていたのですか?」


 そう、なんだけど、何故か俺は素直に頷くことが出来なかった。

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