一秒でも早く元の感じに戻って欲しい
「よ、よし、ここなら、大丈夫だな」
イリーゼが痛くないようにしつつも、イリーゼの手を引っ張って人気のないところまで来た俺は、息を整えながらそう言って、繋いでいた手を離した。
「あっ」
すると、イリーゼから何か残念そうな声が聞こえたような気がしたけど、そんなわけないし、多分、やっと離してくれた、とかそんな意味だろ。
と言うか、なんで俺はイリーゼの手を掴んでたんだよ。どう考えても嫌だろ。……咄嗟のこととはいえ、イリーゼに嫌な思いをさせたんだから、謝らないとな。……自分で思ってて、悲しくなるな。
「イリーゼ、悪いな」
「? ……あっ、悪いと思うのなら、もう一度手を繋いでください、お兄様」
……ん? あれ? イリーゼは何を言ってるんだ? 俺はいきなりイリーゼの手を握ってしまったことを謝ってるのに、なんでまた手を繋げとか言ってきてるんだよ。
俺がそんなことを思っている内にも、イリーゼは早く手を握って下さいとばかりに俺に向かって手を差し出してくる。
……もしかして、嫌じゃなかったのか? ……い、いや、そんなわけないだろ。逆の立場になって考えてみろよ。
俺だったら、絶対嫌だ。自分をいじめてた奴と手を繋ぐなんて……いや、喋ることすらも絶対に嫌だ。
……やっぱり、イリーゼには何か考えがあるんだろうな。俺なんかには想像もできないような考えが。
「これでいい、のか?」
「はいっ、もちろんです。お兄様」
やっぱり、よく分からない。
さっきまで泣きそうな顔をしてたのに、今ではびっくりするくらい満面の笑みだ。
……まぁ、分からなくても、泣きそうな表情よりはいいのか。
いじめてた俺からこんなことを言われるなんて絶対嫌だろうから、口には出さないけど、せっかく可愛い顔してるんだしな。
「それで、お兄様」
「ん? なんだ?」
「ここで食べるんですか? 私はお兄様さえいてくれればどこでも大丈夫ですけど」
あ、そういえば、そんな話をしててここに連れてくることになったんだったな。
「……そうだったな。イリーゼ、話の続きなんだけど、明日からはもう作ってこなくてもいいからな」
「ぇ……」
俺の言葉を聞いたイリーゼは、今度は泣きそうな顔では無いけど、さっきまでの満面の笑みが嘘だったかのように、この世の終わりかのような顔をして、キュッ、と握っている俺の手を少し強く握ってきた。
……だからなんでそんな顔になるんだよ。普通、逆だろ。
「い、イリーゼ、なんでそんな顔をするんだ。何度も言うようで悪いけど、言っただろ? もう好きにしていいんだって」
「はい……ですから、いつも通り、お兄様のお弁当は私が作ります。お兄様も、私以外の人が作った料理なんて食べたくありませんよね?」
「い、いや、俺は……そ、そう、ですね」
そんなことない。
そう言いたかったけど、光の消えたイリーゼの瞳に見つめられた俺は、敬語になりつつも頷いてしまっていた。
「そうですよね? でしたら、遠慮せず、いつも通り私の作った料理だけを食べてください」
「……わ、分かったよ。イリーゼがそれでいいのなら、俺もそれでいい」
普通に朝とか夜はうちで雇ってる料理人の料理を食べることになるけど、それは大丈夫っぽいし、イリーゼがそれでいいのなら、と思って、また俺は頷いた。
と言うか、一秒でも早く元の感じに戻って欲しいし、頷く以外の選択肢なんて俺にはなかった。
「それでは、どうぞ、お兄様。お兄様の大好きな私のお弁当です」
「あ、うん。いつも、ありがとな」
元の瞳に戻ったイリーゼがそう言って弁当を渡してきたから、俺はお礼を言いつつ受け取った。
今日以外は無理やり作らせてたようなものなのに、いつもありがとうとか、自分で言いつつ意味分かんないけどな。
「もう時間もないですし、ここで二人っきりで食べるんですよね? お兄様」
「確かに、時間もないし、さっさと食べるか」
「はいっ!」
妙に二人っきりという言葉を強調してくるイリーゼにそう言って、俺は適当なところに腰を下ろした。
本当はもっと人目のあるところでイリーゼと食べて、もういじめなんてことはしていないって他の奴らにも見せつけたかったんだけど、まぁ、今日はしょうがないな。
「あの、イリーゼさん? もう少し、間を空けてもいいんじゃないか?」
「そうでしょうか? 私はこれくらい……いえ、本当はもっと近い方がいいと思ってますよ?」
もっと近い方がいいって……もう肩と肩が触れ合うレベルの近さなのに、これ以上とか無いだろ。
もういいや。イリーゼの方から座ってきたんだし、さっさと食べよう。時間もないし。
……正直、こんなにイリーゼが自分の作ったもの以外を食べさせないように言ってくるのはおかしいと思ってるし、今までの復讐として俺を苦しめるために料理の中に何か変なものでも入ってるんじゃないか、とか思うけど、まぁ、もしもそうなのなら、俺の自業自得だし、仕方ないか。
そう思いながらも、俺はイリーゼが作ってくれた弁当を食べ始めた。
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