なんでそんな勘違いをしたのかは分からないが…

 授業が終わって、昼休憩の時間になった。

 ……いつも、と言うか、この前までなら、イリーゼが弁当を俺の教室まで持ってきてくれてたんだけど、もう好きにしていいって言ったし、そもそも俺の分なんて作ってないだろうから、またフェリシアンに絡まれる前に俺は学食に向かうために席を立った。


「お兄様、どこに行くのですか?」


 そうして、教室を出たところで、まるで待ち構えていたかのようにイリーゼに後ろから声をかけられた。


「うわっ! え、あ、あぁ、イリーゼ……俺は、学食に向かおうとしてたんだよ。イリーゼこそ、なんでこんなところにいるんだ?」


「……学食? まさかとは思いますけど、そこで何かを買って食べるわけではありませんよね?」


「え、いや、普通に、そのつもりだったんだけど……」


 まさかイリーゼは俺に何も食べるなと言いたいのか? ……嫌われてるのは自業自得とはいえ、さすがに傷つくぞ? それが狙いなのかもしれないけどさ。


「ダメですよ? お兄様は私が作ったもの以外食べたくないんですよね? なのに、なんで我慢してそんなものを食べようとしてるんですか? ダメに決まってますよね?」


 ……いや、ん? えっと、イリーゼさん? 一体何を言っているんですか? 

 落ち着け。一旦、落ち着け。

 ……俺はイリーゼの作ったものしか食べたくない! なんてこと、一言も言ったことなんてなかったはずだ。

 うん。間違いない。どれだけ考えても、そんなことを言った覚えは一度もない。……そもそもの話、朝とか夜とかは料理人が作ったものを食べてるしな。


「あ、あのなイリーゼ。なんでそんな勘違いをしたのかは分からないが、俺はそんなーーッ」


 そんなことを言った覚えは一度もない。

 そう言おうとしたんだけど、それを最後まで口にすることは出来なかった。

 何故かは分からない。分からないけど、それ以上口にするのはダメだと思ったんだ。


「俺はそんな、なんですか? お兄様」


「え、あ、いや……な、なんでもない」


「そうですか? でしたら、今日もいつも通り、一緒にお昼を食べましょう。いいですよね? お兄様」


「え、あ、あぁ、それは、いいんだけど……学食で買うのがダメなのなら、俺、食べるものないんだけど……」


「? いつも通り私の作ったお弁当がありますよ?」

 

 イリーゼは当たり前のことかのように言ってくる。

 ……いや、なんで? 何度も言うけど、俺、もう好きにしていいって言ったよな? なんであるんだ? ……いや、嬉しいんだぞ? 嬉しいんだけど、俺を怖がって嫌々作ってるんだとしたら、それは違うし。


「えっと、作ってきてくれたのは嬉しいし、もちろん食べるんだけど、あれだぞ? 明日からは、別に作らなくてもいいからな?」


「……どうして、そんなことを言うんですか?」


 イリーゼのためを思って俺はそう言ったのに、何故かイリーゼは泣きそうな顔になってしまった。

 まずい。こんな教室の前でそんな顔をされたら、俺がまだイリーゼをいじめてるみたいじゃないか。


 ……せっかくイリーゼと普通に話してるように周りに見せて、もう俺はイリーゼのことをいじめてたりなんかしてないし、他の奴らが避ける必要と無いんだぞ。みたいな感じにしてたのに、このままじゃあイリーゼがまだいじめられてると思って、今朝の伯爵令嬢みたいに面倒なことをしてくるやつも出てくるかもしれないし、普通に俺という権力を恐れてイリーゼが避けられるじゃないか。


「と、取り敢えず、場所を変えよう。な?」


「……はい」


 良かった。素直に頷いてくれた。

 俺はその事に安堵しながらも、一秒でも早くここから立ち去るためにイリーゼの手を引きながら、人気のないところまで移動した。

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