俺より賢いんだから、大丈夫じゃないはずないよな

 イリーゼが教室から出ていった。


「……」


「……」


 ……それはいいんだ。それはいいんだけど、この気まずい空間はどうしような?

 俺とフェリシアンはお互いに無言だ。

 ……いや、フェリシアンは無言ではあるけど、明らかに俺を睨んでるな。

 勘違いって言ってるのに、信じてくれないし、どうしたものかな。

 まぁ、信じてくれないこと自体は仕方がないし、別にいいんだけどさ。

 俺の今までの行動やイリーゼにしてきた行為を加味すると、当然のことだと思うし、俺がフェリシアンの立場なら俺も信じたりなんかしないだろうし。


「クソ野ーー」


 そして、フェリシアンが何か俺に向かって口を開こうとしたところで、教室に教師が入ってきた。

 それを確認したフェリシアンは俺を忌々しげに睨みながらも、渋々といった様子で適当な席に戻って行った。

 すると、イリーゼやフェリシアンと話してたせいで気が付かなかったけど、同じクラスの生徒達は俺たちがいつぶつかるのかとヒヤヒヤしていたみたいで、フェリシアンが俺から離れるのと同時に周りの空気が柔らかくなった。


「……次の休み時間は直ぐに教室を出て、俺からイリーゼを迎えに行こう」

 

 そして、俺は小さくそう呟いた。

 またこんな空気感を作るのは周りに悪いし、俺自身も嫌だからな。

 ……問題はイリーゼが迎えに行った俺を嫌がらないか、なんだが、少なくとも、表面上では嫌がったりなんかしないはずだ。……うん。さっきの様子を見る限り、大丈夫なはず。

 ……いや、もしも嫌そうな顔をされたとしても、全部自業自得だから、全然良いんだけどさ。……ほんと、全然、ぜんっぜんいいんだけどさ。




「それでは、私の授業はここまでですね」


 そんなこんなで、授業が終わった。

 その瞬間、俺はフェリシアンに絡まれる前に自分の身体能力をフル活用に駆使して、直ぐに教室を出た。

 そしてそのまま、イリーゼの教室に向かった。


「……」


 イリーゼの教室の前で俺は立ち尽くす。

 ここまで来たのに、怖気付いてきたんだ。

 でも、いつまでもこうしてる訳にもいかないし、俺は教室の扉に手をかけた。


「お兄様、何をしているのですか?」


 手をかけたところで、後ろからそんな声が聞こえてきた。

 振り向くまでもない。イリーゼだ。

 俺は突然のことに驚いてしまい、扉に手をかけたままの変な体勢で固まってしまう。

 

「い、イリーゼ、なんだ、もう教室を出てたのか」


「はい、お兄様に会うためにお兄様の教室に向かっていたんですけど、途中で何となくお兄様がこっちにいる気がして、戻ってきたんですよ」


「それは……随分、勘がいいな」


「それで、何故お兄様は私の教室の前に? もちろん、お兄様に一秒でも早く会いたかった私としては嬉しくて嬉しくて仕方がないんですけどね」


 俺の聞き間違い……か、冗談、だよな。

 うん。そうに決まってる。俺はイリーゼをいじめてた相手なんだから。


「……また、フェリシアン様に絡まれると思ってな」


「なるほど。確かに、いくら無視できるほどの小さな存在とはいえ、ハエに周りを飛ばれるのは鬱陶しいですしね」


 イリーゼがそう言った瞬間、俺は焦りつつも、周りに目を向けた。

 ……大丈夫そう、だな。幸いにも、今の会話は誰にも聞かれてないっぽい。


「イリーゼ、そういうことは言っちゃダメだからな? さっきもそうだったけど、立場が上の人相手には言葉を選ぼうな? ほら、今俺に話してる感じで大丈夫だからさ」


 奇跡的に大丈夫ではあったけど、俺はイリーゼにそう言った。

 危なっかしいことには変わりないしな。

 

「……いくらお兄様の頼みでも、虫に対してお兄様と同じような感じで喋ることなんて出来ませんよ」


「……虫じゃないからな? フェリシアン様は虫じゃないからな?」


「?」


 イリーゼは小さく首を傾げて、まるで俺が何を言っているのか分からない、みたいな顔をしてくる。

 いや、多分だけど、それは俺がする表情だぞ。

 

「……それ、絶対本人の前で言うなよ」


「それは相手次第です」


 イリーゼはニコニコと笑顔でそう言ってきた。

 ……まぁ、大丈夫だろ。いくらイリーゼでも……いや、イリーゼだからこそ、大丈夫に決まってる。

 俺より賢いんだから、大丈夫じゃないはずがないんだからな。

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