これも全部演技……だよな

「美味しかったな、イリーゼ」


 イリーゼと一緒に朝食を食べ終わった俺はそう言った。

 ちなみになんだが、食事中、俺はイリーゼと普通に話せていた。

 さっき俺を起こしに来た時の雰囲気が嘘だったかのようにイリーゼの雰囲気はいつも通りだったからだ。


「はいっ。お兄様との食事でしたから、いつもよりなん億倍も美味しかったです」


 ……普通、逆じゃないか? ……いじめてた相手と食べる食事なんて、何億倍もまずいだろ。

 ……い、いや、取り敢えず、イリーゼは美味しかったって言ってくれてるんだし、考えないようにしよう。


「イリーゼ、一応聞いておくんだけど、本当に俺と一緒に学園に登校するのか?」


「はい、当然です。……まさか、約束を破ったりしませんよね?」


 そう思いつつも、俺がそう聞くと、イリーゼは目のハイライトを消して、確かな圧を出してきながらそう言ってきた。


「あ、あぁ、当たり前だろ。イリーゼがいいのなら、一緒に行こう」


 イリーゼの方はともかく、俺はイリーゼのことを嫌ってる訳では無いし、むしろおこがましいと理解しながらも仲良くしたいと思ってるくらいなんだ。

 だからこそ、俺はそう言った。

 

 ……まぁ、そもそもの話、嫌いじゃないのなら、なんでイリーゼをいじめてたんだって話だけど、それは俺自身にもよく分からん。

 ……父様や母様に聞くべき、かな。初めてイリーゼを家に連れてきた時、なんであんなことを俺に言ってきたのかっていうのを。


「良かったです。それでは、行きましょうか、お兄様」


 イリーゼがそう言ってきたから、俺はイリーゼと一緒に家を出た。

 護衛も付き人も無しの、二人っきりでだ。

 俺たちは貴族だし、本来なら付き人も護衛も居た方がいいと思うんだけど、イリーゼが俺と二人きりがいい、そんなものは要らないと言って押し切ってきたんだ。


 一応言っておくが、俺だってそんなイリーゼの言葉に素直に頷いたわけじゃないぞ? さっきも言ったが、俺たちは貴族だし、誘拐、なんてこともあるかもしれない。だからこそ、簡単に頷くことなんてできるはずがなかった。

 ……なのに、俺はイリーゼと二人っきりで学園に向かっている。

 イリーゼは俺の隣でニコニコと嬉しそうにしている。……内心でどう思っているのかは分からないが、少なくとも、パッと見は嬉しそうにしている。


「い、イリーゼ、やっぱり、今からでも護衛くらいは連れてこないか?」


「私と二人っきりなのが嫌なのですか? お兄様」


 俺がそう言うと、イリーゼは目のハイライトを消して、ニコニコと笑顔のままでそう聞いてきた。

 そう。これだ。これが俺の頷いてしまった理由なんだ。……単純にイリーゼの圧に負けたんだ。


「そ、そんなわけないだろ。冗談、だよ」


 そして、またイリーゼの圧に負けた俺は少し脅えながらも、そう言った。

 ま、まぁ、最悪、本当に犯罪者が俺たちを襲ってきたとしても、警備兵が来るまで耐えるくらいはできるだろう。……多分。……一応俺、学園でも普通よりは強い方だし。

 

「そうなんですか? でしたら、良かったです」


 イリーゼは雰囲気を元に戻しながら、そう言ってきた。

 そしてそのまま、笑顔で俺の腕に抱きついてきた。

 ……これも全部演技で、イリーゼは俺の事なんて嫌い、なんだよな。……だって、そうじゃなきゃ説明がつかないんだから。いじめていた相手を、好きになんてなるはずがないんだから。


「行こうか、イリーゼ」


 そして俺は、内心でイリーゼの演技力に感心しながらも、そう言って今度こそ、一緒に学園に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る