イリーゼがわざわざ俺を起こしに来る訳がないんだよ
「お兄様、お兄様起きてください。もう朝ですよ」
体をゆさゆさと揺さぶられながら、そんなイリーゼの声が俺の寝ぼけた意識の中に聞こえてきた。
「んー、んー……?」
そんな声を出しながら、俺は一度開いた瞳をもう一度閉じた。
なぜなら、絶対にこれは夢だという確信があったからだ。
だって俺、ちゃんとイリーゼにはもう朝俺を起こしに来なくてもいいからなって言ったもん。
なんなら、普通のメイドに明日は俺を起こすようにって言ったもん。イリーゼがわざわざ俺を起こしに来るわけがないんだよ。
「お兄様、起きないんですか? ……もしかして、私と一緒に学園に登校するのが嫌なのですか?」
「ち、違っ、は、てか、え、な、なんでイリーゼがここに居るんだ!?」
昨日と同じようにイリーゼの雰囲気が変わったのを感じ取った俺は、一気に目が覚めて、これが夢では無いことを理解した。
そして、理解してしまった俺は目を覚ますなり何故か俺を起こしに来ているイリーゼにそう言った。
「なんで、とは? 私がお兄様のお世話をするのはいつものことでしょう?」
すると、イリーゼは当たり前のことを言うかのようにそう言ってきた。
「そ、それはそう、なんだけど、もうそんなことはしなくていいって言っただろ? と言うか、今日俺を起こすようにお願いしたメイドの子はどうしたんだよ」
「嫌、なんですか? 私にお世話をされるのは嫌なのですか?」
イリーゼは俺の質問を無視して、いつもみたいな怖い雰囲気……ではなく、悲しそうな、それこそ今にも泣いてしまいそうな表情をしながら、そう言ってきた。
なんで、そんな顔するんだよ。……俺がいじめてた時でさえ、そんな顔なんてしたことなかっただろ。
「……嫌、じゃない。むしろ、いつも助かってたよ。……ただ、ほんとにもうそんなことしなくても大丈夫だから」
「……私がしたいから、してるんです。お兄様が嫌では無いのでしたら、もっとお兄様に尽くさせてください」
尽くすって……俺、いじめてた張本人、だよな。
……嘘をついているようには見えない。でも、その事実がある限り、やっぱり何かを企んでいるようにしか思えない。俺に尽くすなんて、意味が分からないし。
「い、いや、それは……」
「ダメ、ですか?」
イリーゼは小さく首を傾げながら、そう聞いてくる。
「……そ、それより、メイドの子はどうしたんだ? 今日俺を起こしに来るよにお願いしてた子だよ」
俺は話を逸らしてそう聞いた。
だって、何を企んでるのか分からないし、下手に何かを答えるより、話を逸らす方がいいと思ったから。
「……お兄様を起こすのは私の仕事ですから。他の子になんてあげませんよ?」
すると、イリーゼは少し不満そうな様子を見せてきながらも、そう言って答えてくれた。
……ダメだ。訳が分からん。
「お兄様、わかってると思いますけど、明日からも私がお兄様を起こしますから、もう二度と他の子に頼んだりなんてしちゃダメですよ?」
「え?」
イリーゼは謎の圧を醸し出してきながら、笑顔でそう言ってきた。
「お兄様、大丈夫、ですよね?」
「……わ、分かった。も、もう、イリーゼ以外には頼まない、から。そ、それより、ち、朝食、一緒に食べないか?」
俺はイリーゼの圧に負けて頷きながら、そう聞いた。
普通の状態だったら、絶対俺はイリーゼに一緒に朝食を食べようだなんて言わない。
だって、俺はイリーゼをいじめていた相手なんだから、当然だ。
イリーゼもそんな奴から誘われたくないだろうし。
……ただ、混乱してしまっていた俺は、そう聞いてしまっていたんだ。
「お兄様と一緒に、ですか?」
俺が内心で後悔していると、イリーゼはさっきまでの圧を消して、呟くようにそう言っていた。
……やっぱり、嫌なのか。……まぁ、当たり前のこととはいえ、ちょっと心にくるな。……自業自得なんだけどさ。
「わ、悪い。やっぱり、今のはーー」
「いいんですか!? もちろん一緒に食べましょう、お兄様!」
俺がさっきの言葉を取り消そうとすると、イリーゼは満面の笑みを浮かべて、ただ純粋に、そう言ってきた。
「え、あ、あぁ、た、食べるか」
俺は、イリーゼをいじめていた相手だ。
だから、こんなことを思うのはおこがましいにも程があるんだろうけど、可愛いと思った。
さっきまでの怖い雰囲気を知っててもなお、可愛いと思った。思ってしまっていた。
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