第30話 昼食会 ①
翌日は見事な快晴で気持ちの良い朝だったが、明蘭は何か胸騒ぎがするようなザワザワした気持ちが晴れなかった。
「まあ、避けては通れないしなあ・・・。」
ため息をついて支度をするため、侍女を呼んだ。
昼食会は皇族と、今回皇帝自らたっての希望で桂申と狼牙も参加することになっていた。明蘭を無事に皇都に連れてきた褒章も兼ねているらしい。
桂申は西永の女知事の元で、礼儀や食事の作法は一通り学んでおり、意外にもマナーは全く問題がなかった。
前日から狼牙に一日かけて食事作法の特訓をしていた。
「いいか、お前は俺の隣の席らしいから、横目で俺を見ながら同じものを同じ動作で食うんだぞ。」
狼牙は”うん、わかった。”と力強く頷く。
「でも、僕がお肉食べたいのに、桂申が野菜を食べてたらどうするの?」
桂申がずっこける。
「その時は、お前も野菜を食うの!一日くらい肉食わなくても死なないから!!」
明蘭とは違う次元の緊張を彼らも強いられているようだが、そんなやり取りを見て気分が少しほぐれた。
まあ、何とかなるだろう・・・。
そう思って明蘭も食事会の準備にとりかかった。
今回の食事会は皇族と近親者のみなので、会場もさほど大きくなく、席についても皆の顔が見える程度の大きさだった。身分の下の者から入室・着席していくという決まりだ。
泰誠が座った後に少し時間差で明蘭の入室となる。
「皇太子・明蘭様のご入室です。」
宰相の言葉で扉が開き、明蘭は部屋の中へ入って行った。
ザワッ
明蘭が龍聖であることはすでに皇宮内では周知の事実のはずだが、実際にその黄金色の髪の毛を目にすると皆一様に驚きの表情を浮かべた。明蘭が定められた席に着席した後、皇帝の入室となる。
明誠が一段高くなった皇帝専用の玉座に着席した。その横に同じ仕様の豪華な椅子が置かれていた。めったに使われることはないが竜王専用のものであり、今日も空席となっている。
「ここにいる明蘭は三か月前に竜珠の継承を受け、本日皇太子として皆に紹介するはこびとなった。初めて顔を合わせる者もいると思うが、今後時期皇帝である彼女によく仕えるように。」
皇帝のこの言葉で会は開始となった。比較的体調が良いのか、明誠の顔色は昨日よりも元気そうであった。
後を引き継いだ泰誠が、明蘭の経歴を詳しく紹介した。
真蘭皇女が始祖となっており、今まで数人の龍聖を輩出してきた天竜村の出身であることや、高名な寿峰老師によって教育され育てられたこと、龍聖であることなどである。
「それでは一旦食事を始めましょう。皇太子殿下とは食事中に話をしていただいてもいいですし、席が遠い方は食後に歓談の時間を設けていますので。」
泰誠が場を仕切った、その時。
「お待ちください。」
14,5歳くらいの少年が立ち上がった。
「陽誠どうした?」
泰誠が無礼を咎めるように少年の名前を呼んだ。
あれが、陽誠皇子か・・・。
明蘭はまじまじと少年をながめた。
第一妃・雪花は絶世の美女と評判で、少年の横に座っている美しい女性がそうなのだろう。
少年は、母に似た美貌の持ち主で、成長期特有のみずみずしさや儚さも伴って非常に人目をひく容姿をしていた。
「私はこれまで姉上に無礼なふるまいを幾度としてしまいました。龍聖であることや、著名な老師様から指導されているということを知らずに取った行動で、今は大変反省しています。明蘭姉上、私の謝罪を受け入れてくださいませんか?」
少年は自分の容姿を熟知しているようで、その線の細い儚げな美貌にこれ以上はない悲壮な表情を浮かべると、どんな罪でも許してしまいそうになりそうだ。
泰誠から、皇族といえどこの場に入るのに身体検査がなされ、武器になりそうな物は持ち込めないと聞いている。
まあ、この雰囲気で、謝罪を受け入れないという選択肢はないわね。
そう思った明蘭は頷いた。
「わかりました。陽誠皇子、謝罪を受け入れます。これからは兄弟として色々と力になってくれることを期待します。」
台座の皇帝もホッとした表情を浮かべている。
自分の子供たちが子供同士で殺しあうなんて、親として悲しいことだし、これで良かったんだ。
明蘭がそう思った時。
「ありがとうございます。姉上。」
そう言うと陽誠が明蘭に抱き着いてきた。
えっ、と思う間もなく、唇を彼の唇でふさがれた。にゅるっと舌が入れられ、同時に口の中に何か液体のようなものが流れ込んできた。
「陽誠、貴様!離れろ!」
遠くで頼誠の怒鳴り声が聞こえた。
ゴクン。流し込まれた液体を明蘭が飲み込んだのを確認した後、陽誠は唇を離し、満足そうに微笑みながら耳元でささやいた。
「ごめんね。姉上。あなたに恨みはないけど、皇帝は泰誠兄上じゃないとだめなんだ。
そういうと陽誠は自分の口に含んでいた毒のためか、喉元を手で押さえながら膝をつき倒れこんだ。
茫然とそれを見ながら明蘭は自分の身体が熱くなり息が苦しくなっていくのを感じた。
そして、その場に倒れ意識を失った。
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