第29話 皇都 竜安 皇帝との面会 ②
竜安からはるか遠く離れ、皇宮のしがらみもなく人生初ともいえるのびのびした気持ちで北寧の滞在を満喫していた。そんなある日、平民の若者に扮して町の人気の食堂を訪れた時に、一人の少女と出会ったのだ。
少女は玲々という名前で、北寧よりさらに田舎の天林山脈の山あいの村から働きに来ていた。
「北寧の人はみな色白で小綺麗な人が多いが、玲々はその中でもとても可愛くて、いつもニコニコ笑っていたよ。皇宮ではついぞ見たことのないタイプの女性で、私は一瞬で彼女のとりこになった。一目ぼれだったんだな。」
時間を見つけては食堂を訪れ、彼女に話かけた。
「必死だったよ。滞在日程は決まっていたし、ずっと北寧にいれるわけではなかったしね。」
明誠の猛アタックに最初は戸惑っていた玲々も明誠の熱意にほだされて、はれて二人は恋人同士となった。
竜安に居を構える貴族と伝えたが、皇子であることや皇都に妻子がいることはさすがに言えなかった。
念願の恋人同士となっていざ本当のことを告げ、皇都に一緒に来てほしいと頼もうと思っていた。その矢先に父王が突然亡くなり自分に竜珠が継承されてしまった。
なぜ?と思う間もなく、周囲の警備が固くなり屋敷を抜け出せなくなった。
普段人と関わらない竜王までもが、突然の代替わりに珍しくかかわってきて、明誠はあっという間に空路で竜安へ連れ戻された。
手のひらを返したように自分にこびへつらってくる周囲の貴族達、青ざめる兄夫婦、高笑いの止まらない妻、いやおうなしにあてがわれる第二、第三の妻、何もかもが最悪だった。
「即位して半年ほどたって、ようやく少し余裕が出来た時、私は玲々に連絡をとろうとした。」
玲々は勤めていた食堂を数か月前に辞めていた。食堂の主人によると、田舎から婚約者の男性が迎えにきたから村へ帰ると言っていたとのことだった。
「私はそれ以上彼女を追わなかった。一切連絡もなく半年も放置して、玲々は私に捨てられたと思っただろうし、迎えにきてくれる婚約者がいるのなら、竜安に来るより幸せになれるだろうと思ったから。」
明蘭は明誠の話を、複雑な思いで聞いていた。
食堂で出会った男の子供を身ごもったと同時に男が現れなくなり困り果てていた玲々に、明翔が自分の子として育てようと提案したと父が言っていた。村のみんなにも明翔の子だと言い、明蘭本人も含めてそれを疑う者などいなかった。
「父は母の幼馴染で母のことが大好きでしたから、憔悴している姿を見て自分がどうにかしてやろうと思ったみたいです。私のことも大事にしてくれて、父の愛情を疑ったことはありませんでした。」
「いい父親だったんだな。君が幸せな家庭で育ったようで父君に感謝するよ。あの時、無理矢理玲々を探して皇都に連れてこなくて正解だった。」
淡く微笑む明誠を見て、この人はこの国最高の栄華を手に入れ、妻や子が何人もいてもあまり幸せではなかったのかもしれないと明蘭は思った。
「それとね、自分の子とは知らなかったけど、私は君の成長についてはずっと報告を受けていたんだよ。」
「えっ?」
「寿峰が生まれ故郷に龍聖が誕生したから、自分の人生最後の仕事として後継者の教育を担いたいと皇宮を辞したからね。彼は時おり自身の近況と龍聖の成長についての報告をくれていた。」
「老師様が・・・。」
寿峰は明蘭が生まれてこのかた、時には師として厳しく、時には本当の祖父のように優しく慈しんでもらったという思いがある。
「父と老師様の遺言なんです。自分たちが育てた自慢の娘だから自信を持って皇帝になれ、と。初めはそんなことを言われてもと思いましたが。今でも自信を持ってというのは無理ですが、頑張って最善を尽くしたいと思っています。」
明蘭の言葉に明誠は笑顔になった。
「私も皇帝になったばかりの時は右往左往していたよ。私の時は支えてくれるような兄弟もいなかったが、泰誠と頼誠は君をよく支えてくれるだろう。安心してわからないことは任せるといい。」
泰誠と頼誠も大きく頷いた。
「父上。もうそろそろお休みになられた方がいいのでは?」
少し疲れた表情の明誠を見て、泰誠が声をかけた。
「ああ、そうさせてもらうよ。ああ、明蘭。最後に一つお願いがあるんだ。」
明蘭は明誠の方を見た。
「また今度、君の友達、桂申と狼牙に会わせてほしい。」
明蘭はその言葉に破顔した。
「よろこんで。」
泰誠を部屋に残し、明蘭は頼誠と部屋の外に出た。
「姉上。今日はこの後予定はありませんので、部屋で自由にしていただいてけっこうです。明日は昼頃に昼食会を兼ねて他の皇族との顔合わせがあります。父上は体調次第ですが、会の前か後に少し参加される予定です。妃殿下三人と、皇子・皇女が全てそろいます。雪花妃と陽誠の直属の部下の入城は禁止しており、小刀を含めた武器類の持ち込みも兄上がかなり厳しく規制していますが、念のためお気を付けください。」
明蘭を部屋まで送り届ける道すがら、頼誠はそのようなことを伝えてきた。
第三皇子と第一妃も出席か・・・。
皇帝と会う前とは違う意味で陰鬱とした気分で部屋に戻った。
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