第26話 東都州 東江 館にて ②
翌朝、明蘭が目を覚ますと身体に狼牙がしっかりしがみついていた。
狼牙は少し前に母を亡くし、つい先日母代わりに可愛がってくれていた美怜を亡くしており、明蘭のことを母とも姉とも思っているようなふしがあった。
自分も旅の直前に父を亡くし、桂申も妹を亡くしている。
お互い、寂しいのを補い合っているように思える。
北寧での事件はつらく苦しいものだったが、その後、新しい人々との出会いがあり、知らなかった世間のことを学んでいくことはつらいことを忘れさせ、また自分を急速に成長させてくれたように思う。
明蘭は狼牙の頭を撫でながら声をかけた。
「狼牙。朝だよ。そろそろ起きよう。」
「んっ。んー。まだ、眠いよ。」
明蘭から腕を離したもののゴロンと反対側に寝がえりをうち布団にくるまった。
昨日はいろいろあったし、夜も遅かったからなあ。
狼牙を起こすのを諦めて、明蘭は寝台を降り夜着から着替えようと衣装棚を開けた。
「・・・。」
用意された衣装の数が多すぎてどれがいいのかわからない、しかも着方もわからない・・・。
諦めて侍女を呼んで着替えを手伝ってもらうことにした。
「狼牙も自分の部屋に戻って、ちゃんと着替えるんだよ。」
「う・・・ん。」
まだ眠そうな狼牙を微笑ましそうに見ながら侍女の一人が連れて出て行った。
「竜王陛下のような素晴らしい
昨日から対応してくれていた落ち着いた雰囲気の年配の侍女が感嘆の声をあげた。
彼女が選んでくれた淡い桃色の服を着つけてもらい、髪の毛は一部をおろして半分結い上げてもらった。
田舎ではこのような衣装を見ることも着ることもなかったため、緊張はあるものの少し晴れやかな気分になった。
明蘭が侍女に準備を手伝ってもらっていたころ、男性陣はみな食堂にそろっていた。
泰誠と頼誠が横並びに座り、テーブルをはさみその前に桂申と狼牙が並んで座るよう案内された。
明蘭が不在の中、いきなり皇子達の前に座らされ、二人は借りてきた猫のように大人しく落ち着かない様子だった。
「お前たちは宝珠と旅をしていたのだな。どのようにして出会ったのだ。」
泰誠の質問に桂申はオドオドしながら答え始めたが、もともとあまり物怖じせず誰とでもすぐ打ち解けるたちのため、すぐに緊張はほぐれ出会いにまつわる西永の現状や知事についてもここぞとばかりに語り伝えた。
そもそも明蘭と桂申の出会いは初めの方だけ見れば最悪の部類だろう。
真面目な泰誠は話の途中で何度も眉をひそめていたが、西都州知事宝林の悪行の限りを伝えた時には流石にあっけにとられた表情を浮かべていた。
「西都州知事の素行が良くないことは噂に聞いたことがあるが、想像のはるか上のレベルだな。わかった。調査の上、厳正な処罰を与えるよう取り図ろう。」
第一皇子・泰誠の言葉に、桂申は内心言葉に表せないほどの感動をおぼえていた。
こんな早くに小鈴の仇をとれるなんて・・・。
西永でくすぶっていた時には決して勝つことのできない凶悪な存在だった。
西永では誰も逆らえる人はいなくて、みんなあのババアの機嫌を取るのに必死だった。
それが、こんなあっけなく・・・。
今までの自分の世界がいかに狭いものだったか、明蘭というたった一人の人間に出会ったことで、こんなにも世界が広がることがあるのかという万感の思いが桂申の中に溢れていた。
その時、侍従が声をかけてきた。
「泰誠さま、明蘭さまのお支度が整いました。」
その言葉で、会話は一時中断となった。
キイッ
食堂の扉が開くと同時に明蘭が入室してきた。
「!」
昨日会ったはずの頼誠まで極限まで目を見開いた。
「これは・・・。」
侍女の手で磨き上げられた明蘭は、その黄金の髪を含めこの世の人とは思えない幻想的な美しさを誇っていた。
現在、右目は半分くらい金色に変化している。
竜珠を完全に継承し両目とも金色に変化したあかつきには、もはや竜王とほぼ同じ存在なのではないか。
泰誠はゴクリとつばを飲み込んだ。
「はじめまして、泰誠皇子。明蘭と申します。」
明蘭の方から声をかけられて、泰誠はハッと我にかえり、席を立ち膝をつき貴人に対する礼をとった。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。お迎えが遅くなって申し訳ございませんでした。」
丁寧な泰誠の挨拶に、明蘭は微妙な表情になった。
「何か?」
明蘭の表情を見て泰誠が尋ねた。
「いいえ、特に問題は・・・。あの、あなたは私より年長で一応兄にあたるわけで、そのような言葉遣いや態度をとっていただかなくても・・・。」
「そのようなわけにはいきません。あなたは竜珠を引き継ぎ皇帝となることが確定しています。現在、皇太子という立場のあなたを粗雑に扱うわけにはいけませんし、皇宮ではわたしとあなたの関わり方は皆の注目するところです。今から慣れておかれた方がいいでしょう。」
「しかし、あの・・。」
歯切れの悪い明蘭の様子に、泰誠は目で先を促した。
「私はもともと寿峰老師に皇宮であなた方皇子達にお仕えするよう教育されてまして・・・。特に近年は泰誠皇子が次代になられるだろうと伺っていたので、急には気持ちが追い付かないというか・・・。」
「まあ確かに、あなたが現れる前はそう思う人が多かったでしょうね。実際、私もそのつもりでしたし。でも、現実は違ったわけですし、竜珠が選定を変えることもないでしょう。現在の状況に応じて行動すべきでしょう。」
皇帝の長子としてのプライドもあるだろうに、厳しい現実をすんなり受け入れ適切な行動をとれるこの人は、やはり上に立つにふさわしいのではないだろうか、と明蘭が思ったその時。
「あなたも現実は厳しいかもしれませんが、それを受け入れて適切に行動して下さい。わかりますね。」
自分に厳しい皇子様は、他者にも厳しいようだった・・・。
食事が終わり、その日は各々の部屋でゆっくりと過ごすこととなった。泰誠達が、今朝早く着いたばかりで馬たちも休息が必要なため、出立は数日後、天候などもみながら決定するらしい。
明蘭たちは、桂申の部屋に集まってゆっくりとした休日を過ごした。ゲームをしたりおしゃべりをしたり、三人で旅をし始めてからこんなにくつろいだ時間を過ごすのは初めてだった。
しかし、午後になるとやることがないことが苦痛になってきて、三人とも貧乏性だなと桂申が笑いとばしていた。
翌日、せっかく東江まで来たからと泰誠は明蘭から聞いたダムや治水事業の視察に出かけることにした。
視察に同行したいとの明蘭の申し出に、当初、金色の髪の子供は目立つし警備面で今回は留守番をしていてほしいと断わられた。しかし、東江にはまだ陽誠もいるため、泰誠と一緒に行動した方が安全だと主張され、帽子で頭を隠して同行することになった。
ダムの視察から戻り、頼誠が泰誠の部屋を訪れた。
「正直驚きましたね。寿峰老師が教師をされていたとは伺っていましたが、天林山脈の山奥の小さな村出身とのことだったので、最悪ガサツで知性のかけらもない山猿のような者が現れる可能性も覚悟していたのに。」
頼誠の言葉に泰誠も頷いた。
「老師は齢300歳の生き字引のような方だったと聞いている。国一番の教師に教育をほどこされた天才が、無理やり社会の荒波に放り込まれ実践も積んだというところか。地形に関する造詣の深さはもとより治水計画や発生した災害への対策、果ては生じた孤児の救済策・・・。刺客に追われる旅をしながら、そんなことを考えていたとは全く驚きだ。これは母上と陽誠を誉めたらいいのか難しいところだな。」
「あの人たちは褒められるようなことは何もしてませんがね。」
頼誠のつっこみに泰誠は苦笑した。
「しかし、北寧で護衛から切り離されて帝国各地をめぐり、各地域の負の部分を下の者からの目で見て回ったことで、この国でくすぶっている様々な問題を解決したいという自覚も生まれたようですし。我々もお探ししている間はずいぶんヤキモキさせられましたが、その価値はあったというものです。」
「そうだな。宝珠は想像のはるか上をいく逸品だった。父上も喜ばれることだろう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます