第24話 東都州 東江 ならず者の襲撃②

 明蘭がそう思った時。


 「うぎゃあ。痛いっ!」

 大男は絶叫したと同時に、剣を落とし左手で右肩を押さえながら膝をついた。

 右肩には太い矢が刺さっている。


 三人は一斉に矢が飛んできた方向を見た。


 黒の甲冑を身に着けた短髪の若い男が立派な黒毛の馬に騎乗していた。目つきの鋭い精悍な男で、独特の威圧感を放っている。男の周りには三人の男たちが同じように馬に騎乗しており、そのうちの一人が弓を構えているのが見えた。彼がこの賊に矢を放ったのだろう。男たちは皆、遠目にも鍛えているのが分かる屈強な身体をしていた。


 矢は相当深く食い込んでいるのか、賊の男は肩を押さえうずくまっている。

 中央にいた黒い甲冑の男が周りの男たちに命じた。

 「あれを捕らえよ。」

 はっ、と敬礼して周りの男たちが馬を降りこちらへと走ってくる。

 一瞬、狼牙がビクッと身体を強張らせたが、男達はこちらには見向きもせず賊を縛り上げると、彼を引きずるようにして馬の方へと戻って行った。


 反対に甲冑の男が馬を降り、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。

 狼牙は身体をギュウッと明蘭に押し付けてきて、桂申は二人を守るように一歩前に出た。

 

 皆の予想に反し、男は明蘭の前に来ると膝を折り、手を胸に斜めにあてる帝国式の貴人に対する礼をとった。

 「お初、お目にかかります。姉上。私は第二皇子・頼誠でございます。帝国軍第一部隊の副将軍を務めております。以後お見知りおきを。」


 「・・・。は?あねうえぇ??えっ?」

 桂申が奇妙な声をあげた。

 明蘭は詰めていた息をほぅと吐いて、それに答えた。

 「助けていただき、ありがとうございます。私は天竜村の明蘭です。頼誠皇子、どうか頭をお上げください。私は田舎育ちですし、そのように畏まっていただかなくて結構ですから。」

 桂申が目を見開いて、甲冑の男・頼誠皇子と明蘭を見比べる。

 皇帝の子供の中でも、武に優れた頼誠皇子の名は、智の泰誠皇子と並んで知名度が高い。

 桂申でも名前くらいは知っている。

 「では、お言葉に甘えさせていただきます。」

 頼誠は立ち上がり、明蘭へと近づいた。

 「お迎えにまいりました。皇宮まで私が責任をもってお送りさせていただきます。」

 明蘭は差し出された手を一瞬ためらうように見つめたが、思い切って自分の手を差し出した。

 「よろしくお願いいたします。あと、この二人は私の連れなのですが、ご一緒させていただいても?」

 「むろん、問題ありません。」

 それから三人と頼誠と部下たちは、皇族が東江に所有する館の一つへと移動することになった。


 明蘭は頼誠の馬に一緒に乗せてもらい、桂申と狼牙はそれぞれ他の部下たちの馬に同乗させてもらうことになった。

 「そういえば、なぜ私たちがあそこで襲われていると分かったのですか?」

 明蘭の問いに頼誠は驚くべき答えを返した。

 「神鳥があそこへと導いて下さったのです。」

 「神鳥?」

 「あなたの肩にとまっている青い鳥ですよ。神鳥・那雉は竜珠と共鳴しますから。」

 ギョッとして那雉を見た明蘭に、那雉は「チチ」と得意そうに一声あげた。


 頼誠によると、神鳥は普段皇宮内で大切に飼われているが、今回明蘭の捜索のため皇帝の命令で放鳥されることになったそうだ。那雉と皇帝は同期できるらしく、那雉の目や耳を通して皇帝に明蘭の様子が伝わり、その情報を元に東江で明蘭を保護する計画が立てられたと頼誠は語った。

 頼誠は東江入りして明蘭を探していたが、先ほど那雉自身が現れ、あの木のところまで飛びながら誘導してきたらしい。


 横でその話を一緒に聞いていた桂申が顔を青くした。

 「じゃあ、那雉が加わってからの俺等の行動って、皇帝陛下に筒抜けだったってことか?その鳥のことを焼き鳥にしてやるって何度も言ったこととか。つっついてきたから指でつつき返したこととか。俺、不敬罪とか大丈夫か?」

 桂申が頭をかかえた。

 頼誠は面白そうに桂申の方を見たが、何も言わなかった。


 その時、那雉がヒラリと明蘭の肩から飛び上がり、桂申の頭の上に乗った。くちばしでツンツンと頭をつつき、まるで、どうだびっくりしたか!と桂申をからかっているように見えた。桂申はたった今、那雉が神鳥と聞いたことを忘れていつものようにわめいた。

 「痛たた。やめろ!この焼き鳥!」

 那雉は素早く桂申の指をかわしヒラリと飛んで、明蘭の肩へと舞い戻った。


 一連の神鳥の行動を見て、頼誠は正直かなり驚いていた。

 那雉は皇宮では、主である竜王と皇帝以外は触れることが出来ず、自由に飛び回っていてるのは目にしても誰かの肩や頭にとまっているのを見たことが無かったからだ。


 この男、神鳥が認めたということか。面白い。

 頼誠は心の中でそう思った。


 「東江の屋敷には明日、兄上も到着される予定です。そこで兄上と合流してからここ東江を発つことになるでしょう。」

 明蘭は頷いた。

 「第一皇子と第三皇子は繋がっているわけではないのですか?」

 その言葉に頼誠は苦笑した。

 「あなたの暗殺を命じたのは陽誠と雪花妃の独断の行動でしょう。泰誠兄上は誓って全くかかわっておりません。むしろ北寧のことは陽誠を強く諫めておられたぐらいです。」

 「陽誠皇子はご自身が皇帝になりたいとお考えなのですか?私を消しても、あなたや第一皇子や皇女様もいらっしゃるのに。」

 「あれは兄上に心酔しているから。あなたがいなくなれば、竜珠は兄上を選びなおすと考えているのでは?我々も以前はそう思っていましたし。・・・万が一私や麗蘭姉上が選ばれたら、我々も彼らの暗殺対象となると思います。」

 淡々と告げられた頼誠の言葉に、明蘭は顔を曇らせた。

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