第20話 東都州 東江 

 東都州とうとしゅうの州都の東江とうこうは海が近く、大きな川が州の中央を流れていた。その川周辺の肥沃な土地に水田を作り、大勢の人民が生活していた。海沿いでは漁師町が繁栄し、東江全体の人口は皇都・竜安に匹敵すると言われていた。

 川は河岸段丘になっており、平坦な部分と傾斜が急な崖とが交互に現れ階段状になっていた。低位の平坦な部分に水田が広がり、民家は高台の方に建てられていた。


 「南陽も大きな町だったけど、東江はひときわ人が多いね。」

 桂申と狼牙と三人で大通りを歩きながら明蘭は感嘆の声をあげた。

 「メイは一番田舎者だしなあ。あ、ぶつかるぞ。」

 桂申はキョロキョロしながら歩く明蘭の腕をつかんで自分の方へ引き寄せた。

 彼は口は悪いが、基本的に優しく面倒見がいいのである。


東江の職業斡旋所で三人は仕事を探していた。

 「東江だったら、稲作も盛んだし、港もあるし、農業とか漁業とかの手伝いとかも出来そうだね。」

 明蘭の言葉に桂申が顔をしかめた。

 「短期の仕事で、そういうのは難しいんじゃないか。手っ取り早く旅費を貯めるんなら、やっぱり警備とか建設・解体とかかなあ。」

 「あれ?西永や南陽に比べて、小さい子供でもできる仕事がたくさんあるよ。」

 「ほんとだな。」

 所内の壁の左端の方には子供用の仕事専用の掲示板まであった。


 斡旋所の受付の女性にそのことについて尋ねてみると、親切に教えてくれた。


 この地域は地形的に数年ごとに大雨による上流のダムの決壊が生じるらしい。中でも3年前、大人が段丘の低地で農作業をしている日中の時間帯に上流でひどい豪雨が降ったことがあった。その時、突然ダムが決壊し発生した鉄砲水で多数の大人が犠牲となり、大量の孤児が生まれてしまったそうだ。

 孤児院や里親に保護された子供以外に、子供達だけでかたまって暮らしている地区があり、そこの子供達のための仕事があるとのことだった。


 「草刈り、家の掃除、手紙の運ぱん、花売り・・・。なるほど・・・。」

 「ねえねえ、僕も何か仕事できるかな?」

 「そうだね。私と一緒に出来る仕事を二人でやってみようか。」

                    

                      *


 「宝珠が東江に現れるというのは本当なんだな?」

 第三皇子の陽誠の言葉に側近が首を縦にふった。

 「宰相家の筆頭占い師が予言いたしました。三日後には東江入りすると結果が出たようです。」

 「ふうん。でも、東江なんて人が多すぎて一人の人間を見つけるなんて不可能じゃないか?もっと場所とか時間とか具体的な占いはないのか。」


 兄の泰誠は今回の降ってわいた新しい兄弟についても、思うところはあるものの概ね受け入れている様子だ。

 いらないことをするな、とクギを刺されたので、自分と母がしていることに気付いている節がある。

 兄は曲がったことが嫌いなたちだし、宝珠の暗殺に関しては兄の賛同は得られないだろう。

 そうすると、できれば兄に妨害される前、つまり宝珠が竜安に入る前に殺ってしまいたい。


 占い師に再度詳しく占うように命じようと思いながら陽誠は東江にある自分の館へと向かう準備を始めた。



 仕事は明日から始めることになり、その日は宿をとって荷物を置いた後に東江の町を散策することになった。

 東江の中心街にある一番大きな通りは馬車もすれ違えられる広い道幅があり、左右にはズラッと商店が並んでいた。八百屋や魚屋・肉屋はもとより、金物屋・干物屋、衣装を扱う店まで、ありとあらゆる種類の店がひしめき合っていた。


 「あ、あのお店なんかすごくいっぱい人が並んでるよ!」

 狼牙が少し先にある一軒の店を指さした。

 確かに他の店に比べて人が多い。よく見ると、年若い女性や子供の割合が多い気がする。

 「何の店かな?見てみようか。」


 近くまでくると甘くていい匂いがしてきた。

 看板の文字を読むと「アイス」と書いてあった。

 「アイスって何?」

 狼牙が聞いてきた。

 「お菓子かな?私も食べたことないからよくわからないなあ。」

 明蘭が答えると桂申が得意そうに話しに入ってきた。

 「牛の乳に甘味を入れて混ぜて冷やして固めた菓子だよ。西の方の国から入ってきた外国のお菓子のはずだ。俺はババアの屋敷で何回か食べたことがある。うまいぞ。」

 「へえー。食べたことあるんだ。すごいね。」

 二人に尊敬の眼差しを向けられ、桂申もまんざらでもなさそうだ。

 「食ってみるか?」

 桂申の言葉に、狼牙は「いいの?」と目を輝かせたが、すぐに「でも、お金が・・・。」と言って俯いた。

 それを見た桂申は狼牙の頭をぐりぐりしながら二カっと笑った。

 「心配すんな。明日から稼ぐから大丈夫だ。」


 行列の一番後ろに並び、あと2,3人となったところで、お品書きが見えてきた。

 「白と赤と緑と黄色があるよ。」

 「白はそのままの味で、赤が苺、緑が抹茶、黄色が蜜柑を練りこんでるみたいだな。」

 「どれがおいしいの?」

 狼牙の問いに桂申が頬をかいた。

 「俺は白しか食べたことないから他のはわからないな。白は乳の味がしてうまかったけどな。看板にも一番人気って書いてある。」

 「じゃあ僕は白にする。メイはどうする?」

 「私はいいよ。狼牙だけ食べなよ。」

 ちょっと興味はあったが、菓子にしてはまあまあの値段だったので、ここは節約しようと我慢することにした。

 「子供のくせに遠慮するなよ。俺も他の味に興味あるし、白以外で俺と半分こするか?」

 せっかくなので桂申の申し出に乗ることにした。

 「ありがとう。どれも美味しそうだけど、私は赤がいいかな~。桂申は?」

 「俺も赤がいいと思ってた。じゃあ、白1つと赤1つでいいな。」


 順番がまわってきて、予定通り赤と白を一つずつ購入し、近くの公園の木のしたに座って食べ始めた。

 狼牙は目をキラキラさせて舌でなめて一口食べた後、目を見開いて固まった。

 「狼牙?どうしたの?」

 「おいしい・・・。こんなの初めて食べた。」

 そう言うと大事そうに少しずつなめ始めた。明蘭と桂申も交代で苺味のアイスを食べていたら、突然狼牙が目をうるませ始めた。

 「狼牙?冷たすぎたか?」

 桂申の言葉に狼牙は首を振った。

 「こんなに美味しいもの、お母さん食べたことあるかなって思って。お母さんや美怜さんにも食べさせてあげたいって思ったら涙が出てきて・・・。」

 桂申と明蘭は顔を見合わせた。元気づけようと思ってしたことが、まさかの母を思い出させることになるとは・・・。

 「ろ、ろうが!ちょっと今突然思い出したんだけどな。このアイスは早く食べないで、溶けて下に落としたら夜にアイスのお化けが出てきて尻を食われるんだ。お前、お化けにしっぽ食われたくないだろ。早く食え。」

 よくもまあそんな出まかせを思いつくものだと明蘭があっけにとられている前で、狼牙は「えっ、そうなの。お尻食べられちゃう!大変だ!」と真に受けて慌てて再びアイスを食べ始めた。


 食べ終わると、桂申は狼牙を肩車してやって、公園の木になっている実を一緒に採取していた。

 

 この子の心にある悲しみは強く根深いもので、ふとした瞬間に時々顔を出すのだろうけど、楽しい思い出でたくさん上塗りしてやって、少しでも薄めていってあげることが出来ればいいな。その姿を見ながら、明蘭はそう思った。

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