第21話 東都州 東江 大志
東江は今まで訪れた都市の中でも群を抜いて大きな町だった。
仕事も単発のものから数日のもの、長期のもの、よりどりみどりで、桂申は単価の高い肉体労働系の単発の仕事に絞って働いていた。
「せっかくこんな大きな町に来たから、狼牙にも色々経験させてあげたいよね。」
職業斡旋所の掲示板の前で、明蘭と桂申が相談していた。
東江は子供向けの仕事も多いので、何種類か職種を変えて仕事を請け負うことにした。
狼牙と二人で大きな屋敷の庭掃除や物品販売などを幾つかこなしていくうちに、地元で働く子供たちの中に幾人か顔見知りができるようになった。
その中でも
「俺んち、
孤児だけで住んでいる地域というのに興味もあり、次の休日に狼牙と二人で家に訪問させてもらう約束を取り付けた。
数日後。
「メイ、狼牙。こっちだ!」
玄太が坂の上から大きく手を振っている。
東江は海の側に山があり、傾斜が急なところが多いのだ。
体力のない狼牙はヒーヒー言いながら、階段になっている急な坂を登って行く。
「まだ、あんなにある・・・。」
泣きそうな顔になった狼牙の横で、体力に余裕のある明蘭は周囲を観察しながら軽い足取りで歩いていた。
晶岳は貧民街で、東江の中心街と比べて建物の間隔や道幅がかなり狭く、道の舗装もあちこちガタガタになっており、ゴミが落ちていたりして歩きにくい。建物自体も古いものが多く、壁に大きな落書きがある家もあった。
なんというか、見るからに治安や衛生状態の悪そうな場所だな・・・。
「メイ、狼牙。ここだよ。いらっしゃい。」
玄太は立っていた場所からすぐ横に建つ青っぽい塗装のされたボロボロの建物に入って行った。
中は物がごちゃごちゃと置かれ、掃除もあまり行き届いていないようだった。窓も小さく空気がよどんでいる。
台所にはスープが入ったままの大鍋が無造作に置かれていた。
「ここに住んでるの?」
狼牙もおっかなびっくりという風に尋ねている。
央斎の屋敷は扱いはひどかったが屋敷自体は手入れが行き届いていたため、この家の中の様子に驚いているようだった。
「うん。仲間と12人で住んでるんだ。もう少ししたら何人か帰ってくる予定だから。」
「12人!みんなここで寝てるの?」
物理的に無理じゃないかと思い反射的に聞いてしまった。
「奥の部屋に布を敷いて雑魚寝だよ。仕事で夜いないヤツもいたりして、狭いけど何とかいけてる。」
「へえー。そんなにたくさんいたら毎日にぎやかだね。」
「仲間がいっぱいいて楽しいこともあるけど、生活は大変だよ。オレたちは
玄太は真面目な顔で答えた。
「大志兄ちゃんって?」
「オレらの家で一番大きい兄ちゃんで、頭がいいんだ。字とか計算を教えてくれるんだ。」
キイッ
玄太がそう言った直後、入り口の戸が開く音がした。
「玄太。誰かいるのか?」
10代後半くらいの少年が入ってきた。
「大志兄ちゃん!ちょうど今、兄ちゃんの話をしてたんだ。頭が良くって色々教えてくれるって。」
玄太の言葉に少年は照れたように笑い、玄太の頭をなでた。
「そうか。この子達は?新しい孤児か?」
明蘭たちの方をチラッと見てから、少し難しい顔をして聞いてきた。
「ううん。最近、何度か仕事先で一緒になって仲良くなったんだ。竜安まで旅をしている途中で旅費を貯めてるんだって。」
それを聞いて大志は少しホッとした表情になった。
「それなら良かった。さすがにこの家でこれ以上預かるのは無理だしな。ところで、玄太。お前、今日街道沿いのの団子屋の売り子の仕事を頼まれたって言ってなかったか?」
「あっ!そうだった。忘れてた!」
「おいおい、しっかりしてくれよ。早く行け。仕事は信用が大事だからな。」
「うん。メイ、狼牙。折角きてもらったのにごめんな。オレ、仕事行ってくるわ。」
玄太は慌ただしく用意をして、あっという間に家を飛び出し階段坂を下って行ってしまった。
玄太がいなくなって一瞬何ともいえない空気が漂ったが、大志から話しかけてきた。
「俺も、この後一刻くらいで次の仕事があるけど、せっかく来てもらったしそれまでゆっくりしていってくれていいぞ。」
大志の言葉に明蘭が頷いた。
「ありがとう。忙しいところ悪いけど、狼牙も少し休ませた方がいいからそうさせてもらうね。」
狼牙は長い階段坂を上ったからかぜーぜー言っていて、顔もまだ真っ赤だ。
「玄太が大志のこと、すごく頭がいいって褒めてたけど・・・。」
「俺の親が教師をしていて、子供の教育に厳しかったんだ。5年前の流行病で両親がぽっくり逝って、孤児になってからは学校にも行ってないけどな。玄太は3年前の洪水で農作業中だった親を亡くしてる。ここにいるのは大概その二つのどちらかで親を失っているヤツだ。」
「大志がみんなに文字とかを教えているの?」
「ああ、字が読めたり簡単な計算が出来た方が割のいい仕事につけるからな。この辺りでは数字も読めない子供もいるが、みんな苦労していると思う。」
明蘭は生まれて気付いた時には、ずっと側に寿峰がいて何でも教えてもらえた。天竜村の他の子供達も、みんな文字は読めたし計算も出来ていた。
当たり前にそれらを享受できた自分は幸運だったのだと、大志の話を聞いて改めて感じた。
「親父が生きていたころは、俺も大きくなったら教師になりたいと思ってたんだがな。まあ、もう無理だけど・・・。」
諦観の入った寂しそうな大志の笑顔が、明蘭の胸に刺さった。
「ああ、俺もそろそろ行かなきゃ。今日は玄太が悪かったな。良かったらまた遊びに来てやってくれ。」
大志に促され明蘭と狼牙も家の外に出た。
「うへえー。また、この階段~。」
狼牙がうんざりしたように長い階段坂を眺めていた。
「あはは。この階段を上り下りしていたら体力つくぞ。頑張れ。じゃあ、気を付けて帰れよ。」
大志が笑って、手を振ってきた。
明蘭は課題を一つ見つけたと思いながら、振り返り大志に手を振り返したのだった。
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