第16話 南都州 南陽 ②

 少年はうなずいた。

 「今回僕が飲まされた薬は子供用の胃腸薬と言われたけど、飲んでしばらくしたら胸が苦しくなって、口からドバッて血が出て倒れたんだ。」

 「それで、あそこに捨てられたのか?」

 桂申が尋ねた。

 「・・・たぶん、そうだと思う。ごみは焼却する日が決まっているから後で一緒に燃やすつもりだったんじゃないかな。」

 「なんてひどいことを・・・。」

 明蘭は衝撃で声を震わせた。


 「逃げようと思わなかったのか?」

 桂申の問いに少年は首を振った。

 「奴隷の焼き印と呪術のかかった首輪がある。」

 そう言うと首を押さえた。

 「あれ?」

 「首輪ってこれのこと?」

 明蘭が先ほど息苦しそうだと思って取り外した革の首輪を手に取り差し出した。

 「取れたの?」

 少年はびっくりしたように大声をあげた。

 「えっ?普通に・・・。そういえば外す時なんかちょっとピリッとしたような気もしたけど・・・。」

 「よくわからんが、首輪外れたら逃げられるんだよな。俺らと来るか?」

 面倒見の良い桂申が少年に問うと少年は迷うように下を見た。

 「逃げたいけど・・・。でも・・・。他の仲間が・・・。」

 「他にも捕まっている獣人がいるんだね。私は少しだけど仙術が使えるんだ。これと同じものなら首輪を外せるんじゃないかと思うよ。」

 少年は目を輝かせながら顔を上げた。


 ためしに首輪をもう一度つけてみたが、一度外すと呪術は解除されるのか、少年が自分でも外すことが出来た。

 仲間を助けるため屋敷内の事情を尋ねると、少年は狼牙ろうがと名乗り、内情をポツリポツリと話してくれた。


 現在その屋敷で捕らわれている獣人が少年の他に数人いるらしい。

 熊獣人二人、犬獣人一人、兎獣人一人の4人だ。


 熊獣人はつがいで連れてこられていて、力が強いので主に屋敷内の力仕事をさせられており、今まで二人の間に生まれた子供達2人は3歳くらいになると突然屋敷からいなくなっていた。狼牙の母の話によると、肝を生薬の材料にするためではないかと噂されていたらしい。

 

 犬獣人はもう足も弱った老人だったが、森の中で貴重な薬草のにおいをかぎ分ける特殊な能力のおかげで殺されずにいるとのことだった。


 兎獣人もつがいで、多産のため買われたそうだ。産まれた子供たちは全て実験体にされ、男性の方は狼牙の母のように2か月前に薬の副作用で亡くなったそうだ。


 首輪の主人はこの家の主人である薬師の央斎おうさいになっており、央斎と執事の豪雷ごうらいの命令には逆らえないように呪術がかけられていた。なんでも竜安にいる高名な呪術師が作ったものらしい。央斎もひどい男だが、執事の豪雷は主人に輪をかけて冷酷でひどい人間とのことだった。


 「聞けば聞くほど胸くそ悪いヤツらだな。・・・決行はどうする?」

 「今日は薬を町に卸しに行く日だから、央斎は夜まで帰ってこないはずだよ。豪雷は卸しの日もずっと屋敷にいるけど。」

 「お前があそこからいなくなったのもすぐにばれるだろうし、やるなら今日しかないか。」

 桂申の言葉に二人は頷いた。


 相談の結果、体調が良くなったと狼牙が屋敷に戻って、用事を頼むふりをして獣人を一人ずつ外に連れ出して明蘭に首輪を外させるという地道な方法を取ることになった。


 「大悟だいごおじさん。」

 狼牙がいつも可愛がってくれる熊獣人の大悟に声をかけた。

 「どうした。狼牙?」

 「荷物を運ばないといけないんだけど、ちょっと重くて手伝ってもらえないかな?」

 「ああ、いいぞ。どこだ?」

 すぐそばを人間の中年女中が通り過ぎたが、チラッとこちらを見ただけで何事もなかったように通りすぎた。

 狼牙はドキドキしながら大悟を誘導した。

 「こっちだよ。」

 狼牙がゴミ捨て場の方まで大悟を連れてくると、木陰に隠れていた明蘭が現れた。

 不審そうな顔をし、攻撃態勢を取ろうとした大悟に狼牙があわてて声をかけた。

 「おじさん。この人味方なんだ。首輪を外してもらうから、かがんで。」


 明蘭が首輪に触ると前回と同じピリッとした感覚が一瞬したが、すんなりと外すことができた。


 「首輪が外れた!」

 大悟が驚くと、狼牙が小声で話しかけた。

 「おじさん、央斎が留守の間にみんなで逃げよう。おばさんも連れてきて。僕はろんじいさんと美怜みれいさんを探すよ。」

 熊獣人の七海ななみと犬獣人の論じいさんを無事連れ出し、あとは兎獣人の美怜だけとなった。

 「狼牙と俺は美怜を探す。七海は足のつかない金目の物などをいくつかかっぱらってきてくれ。逃走資金もいるしな。今までの給金だ。論じいはそこの人間と裏庭に隠れていてくれ。」

 大悟がみんなに声をかけた。

 「美怜は逃げるかのう。夫や子供達が眠るこの地で早く死にたいって、最近口癖のように言っておったぞ。」

 犬獣人の論じいが言った。

 「あまり時間がない。とりあえず美怜を確保してから考えればいいだろ。」

 大悟の言葉にみな頷き、各自屋敷の方へ戻って行った。


 「美怜さん!」

 狼牙は屋敷の奥の方で美怜を見つけた。

 「どうしたの?狼牙。そんなにあわてて。」

 美怜が近づいてきたので、狼牙は周りを見渡してから小声で話しかけた。

 「首輪を外せる人を見つけたんだ。一緒に逃げよう!」

 「えっ?」

 美怜は戸惑ったように声をあげた後、寂しそうにほほ笑んだ。

 「ありがとう。狼牙。でも、私はここで死のうと思ってるの。愛する夫と子供たちが眠っているのだもの。逃げられるなら狼牙は逃げてちょうだい。私は黙っているから。」

 美怜の言葉に狼牙は抗議の声をあげた。

 「そんな!美怜さんも一緒に逃げようよ!」

 

 狼牙の説得に対し、美怜は頑なだった。

 そんなやり取りをしている間に、廊下の角から現れた人物に気付くのが遅れた。

 「小僧きさま、生きていたのか?何をしている?」

 執事の豪雷だ。

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