第15話 南都州 南陽 ①

 新しい仲間を迎え旅は続き、二人と一羽は南都州なんとしゅうの州都・南陽なんようへと到着した。


 「南陽は気候も暖かいし、人の表情もみんな明るくていい町だよね。」

 「ああ、本当だよ。行く町行く町、西永よりひどい所なんてないんじゃないか。あんなとんでもない場所で生まれ育って、とんだ外れくじだよ。全く・・・。」

 そんな会話をしながら南陽の大通りを歩いていたら、頭に獣の耳がついている男性とすれちがった。


 「獣人?」

 明蘭が驚いてすれちがった男性を振り返った。

 「ああ、南陽は南方にある獣人の国に近いから帝国内でも一番獣人が多いって話だ。西永でも南陽ほどじゃないが、たまに見かけたぞ。」

 「うちの村には全くいなかったし、たまに北寧に行くことはあっても見たことはなかったなあ。同じ国の中なのに、土地それぞれ違いがあって面白いね。」


 南陽は大きな町で、仕事の依頼は数も種類も豊富で西永より職探しはやりやすかった。桂申は警備や建物の解体など、賃金の良い肉体労働をして、明蘭は桂申の名前で取った内職の仕事を宿で行って路銀を貯めていった。


 今日は二人の仕事の休みを合わせて、南陽の郊外の寺院を訪ねる予定だった。乗合馬車で30分ほどの距離の町で、桂申たっての願いで行くことになったのだ。


 「うちの母方のばあさんがこの辺りの出身らしくて、母さんが先祖を祭っているから一度お墓参りに行きたいって、ずっと言ってたんだよ。せっかく近隣まできたから母さんの代わりに墓参りをやっておきたいと思ってな。」

 「へえ、うちのお墓は全部村内にあったからお参りも手入れも楽だったけど、西永からすごく遠いから来るだけでも大変だね。」

 「西永から南陽に旅行に来てたじいさんが旅先でばあさんに一目ぼれして口説きまくったらしいわ。それでばあさんはここから西永に嫁に行くことになったみたい。どうせ結婚するなら、じいさんがこっちに来ればよかったのになー。」


 お寺の裏手にあるお墓は整然と並んでいたが、綺麗に磨かれ手入れの行き届いたものもあれば、雑草が生い茂って苔むしたものもあり様々だった。桂申の家の墓は苔むした方だったので、二人で頑張って雑草をむしり、墓石を磨き上げた。

 「ご先祖様。お墓ちゃんと手入れしたので俺たちの旅を見守って下さい。あと金持ちになれますように!」

 墓参りを終え、次の乗合馬車の時間までそのあたりを散策することになり、街並みを眺めながらブラブラ歩いていた。

 その時、那雉なちが「チチッ」と鳴き、明蘭の肩から飛んで行った。

 「あ、那雉。どこ行くの?」

 明蘭と桂申はあわてて那雉を追いかけた。


 郊外なので家はポツリポツリとしか建っておらず、那雉はそのうちの大きめの屋敷の庭の中に飛んで行ってしまった。

 生垣のすき間から目をこらすと、那雉は屋敷の裏手にあるごみ捨て場の屋根の上にとまっているようだ。

 「あんの、焼き鳥め。面倒かけさせやがって。・・・ん?メイ、あそこなんか人みたいなのが見えないか?」

 桂申に言われて、明蘭も庭の中を覗き込んだ。

 「子供だ!ごみの上に倒れてる!」

 人の家の敷地ということも忘れ、明蘭と桂申はあわてて生垣を超え、ゴミ捨て場の方へ走っていった。


 近くまで駆け寄ると、驚くべきことにその子は頭にフサフサした毛に覆われた獣の耳が生えた7,8歳くらいの獣人の子供だった。


 「大丈夫か?」

 桂申が子供に声をかけたが、子供は「・・・う。」小さなうめき声をあげ身じろぐだけで意識は無いようだった。

 口の周りにはべっとりと血がこびりついた跡があり、全体的にとても痩せていた。

 「病気かな?発作を起こしてこの辺りで倒れてしまったとか。」

 「わざわざゴミの上にか?」

 桂申は眉をひそめた。

 「獣人は昔、南方から奴隷として連れてこられたから、この国では地位が低いんだ。状況的に病気になったからここに捨てられたんじゃないか?」

 「そんな!」


 二人で話し合った結果、とりあえずこの家の外に少年を連れだすことになった。桂申が少年を背負い、寺まで戻った。手水で顔や口の周り、手足の汚れを落としてやった。知らぬ間に明蘭の肩に戻っていた那雉が、しきりに少年の首をつついている。革製の首輪はがっしりした造りで、表に何やら文様のようなものが描かれていた。締め付け気味で苦しそうだったので、それも外してやった。


 水の冷たさで目を覚ましたのか、少年が意識を取り戻した。

 「あれ?僕・・・、生き・・て・・る?」

 「大丈夫?」

 明蘭が声をかけると少年は怯えたように二人を見た。

 「だ・・・だれ?」


 明蘭は、少年がこれ以上怯えないように気を付けながら、墓参りで南陽寺に来たことや、馬車待ちの時間に散策をしていたら少年がゴミ捨て場で倒れているのを見つけたため、この寺に連れてきたことをかいつまんで説明した。


 「屋敷のゴミ捨て場・・・。」

 少年がつぶやいた。

 「あの屋敷に住んでたのか?」

 桂申の問いに少年は言葉を詰まらせた。

 「住んでたというか・・・。」


 今度は少年が自分の現状について話し出した。


 もともとは南の獣人国の生まれで5年前に母と一緒に人さらいにあい、南陽の奴隷市を介してこの屋敷の主人に売られたらしい。主人は表向きは薬売りだが、一般的な薬の他に暗殺用の毒薬なども扱っている闇業者で、毒の開発に鼻の利く獣人を使っているとのことだった。


 「暗殺にあうような偉い人は、もともと食事の時に毒見役を置くみたいで、だいたい鼻の利く獣人がやらされるって母さんが言ってた。」


 少年の母親は匂いや味がしない毒の開発の途中で犠牲になり、半年前に亡くなったそうだ。毒の他にも獣人は人よりも体が丈夫なため、開発中の薬の副作用や服用する適正分量の決定のための研究に使われているらしい。


 「それって実験動物じゃないか!」

 明蘭が怒りもあらわに声をあげた。 

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