第17話 南都州 南陽 ③

 「美怜さん、早く!」

 狼牙が美怜の腕を引っ張った。豪雷が言葉で制止したが、狼牙は反応しない。

 「まさか、首輪の呪が消えている?死にかけたら消えるのか?・・・まあいい。美怜、狼の小僧を捕まえろ!」

 豪雷の命令にすぐさま美怜が狼牙の身体を捕まえ、抱き寄せるようにとらえた。

 「美怜さん、離して!」

 「どうせ狼は新しく仕入れる予定で、こいつは明日には焼却する予定だったしな。美怜、そのまま首を絞めて縊り殺せ。」

 豪雷の命令に美怜の手が狼牙の細い首にかかった。


 キュっと力をいれようと美怜の指が動きかけたその時、美怜が苦しそうに咳き込んだ。

 主人の命令に抗おうとして首輪の呪が発動し、美怜の首を絞めつけたのだ。

 「美怜、何をしている?小僧を殺せ!自分が死にたいのか?」

 さらなる豪雷の命令に、美怜は苦しそうに首を横に振り、眉をひそめ必死に抵抗しようとしている。狼牙の首から手が離れ、美怜はその場に膝をついた。

 「美怜さん!」

 狼牙がさけんだ時、反対側の角から大悟が現れた。

 「美怜!狼牙!」

 「おお、大悟。いいところに来たな。狼の小僧とこの兎を殺せ!」


 大悟は無言で3人に近づくと、豪雷をつかみ上げ壁へと放り投げた。

 ゴキッ

 骨が折れたような鈍い音と共に豪雷の体が壁から廊下へとずり落ちた。

 「何をする?おまえ。首輪の呪は・・・?」

 狼狽したような声をあげる豪雷を無視して、大悟は美怜を抱き上げ、外へと走り出した。狼牙もあわてて後ろを追いかけた。


 「美怜!」

 七海が大悟たちに駆け寄った。

 大悟は明蘭の前にぐったりする美怜を降ろした。明蘭は急いで首輪を外したが、美怜の首には真っ赤な首輪の跡がくっきりと付いていた。

 「とりあえず、急いでこの屋敷を離れるぞ。七海はじいさんを頼む。」

 大悟は再び美怜をかかえ走り出した。

 七海は論じいを背負い、みんなで大悟の後を追いかけた。


 南陽寺の境内に入り、人気のない裏手の森の中で大悟は美怜を降ろした。

 狼牙が美怜の身体にすがりつく。

 「美怜さん、美怜さん。」

 明蘭と桂申が大悟の方を見ると、大悟は悲しそうに首を横に振った。

 「狼牙。美怜はお前を助けたかったんだ。自分が死んでもお前を傷つけたくなかったんだ。わかるな?」

 大悟の言葉に狼牙は泣きながら怒鳴り返した。

 「わからないよ!なんで、なんで、みれいさん・・・。」


 七海がそんな狼牙を抱きしめた。

 「美怜は家族が全員殺されて、同じ境遇のあなたを自分の子供のように思っていたのよ。旦那さんまで亡くなって生きる気力も無くなる中で、首輪の呪のせいで自死することもできず、たぶんあなたの存在があの地獄で生きるための希望だったの。美怜はあなたが生き残ることが出来て絶対に後悔していないわ。」

 そう言って、狼牙の背中をトントンと軽くなでてあげた。しゃくり上げていた狼牙が少し落ちついた頃、七海が涙ぐみながらつぶやいた。

 「七海は、ずっと旦那さんや子供達とこの地に一緒にいたいって言ってたわ。ここに埋めてあげましょう。」


 美怜の身体を森の奥深くにうずめた後、一行は乗り合い馬車の停留所へと向かった。

 次の馬車を待っていると、一人の男に声をかけられた。


 「おまえら、南陽まで行くのか?乗り合いはもう最後のが出ちまったから俺のに乗っていくか?」

 男は荷馬車の後ろに野菜を積んでいた。人相は良くも悪くもなくあまり印象に残らない感じの男だった。大悟と桂申が警戒しながら、どうしようかと顔を見合わせた時。

 「乗せてもらおう。」

 論じいが、さっさと荷台に乗ってしまったので、他の者も戸惑いながらそれに続いた。


 男は、今年は野菜が豊作で値が崩れて商売にならないとか、南陽は警備隊の取り締まりがゆるいから奴隷やら変な薬の闇市が最近増えて、ぶっそうなヤツが増えて困るとか、道中ずっと一人でグチをこぼしていた。

 心配していたようなことは何もなく、無事、馬車は南陽の中心街に到着した。荷馬車の男は、乗り合い馬車と同じくらいの運賃を支払うと、礼を言ってあっさり去っていった。

 論じいは去ってゆく荷馬車をじっと眺めながら、誰にも聞き取れないほどの小さな声でつぶやいた。

 「りゅうおう・・・」


 大悟と七海の夫婦が論じいさんと狼牙を連れて、獣人国に戻ると申し出てくれたが、狼牙は明蘭たちとこの国に残ると言い出した。

 「狼牙。美怜もだけど、私たちも子供を殺されて、種族は違ってもあなたのことを自分の子供のように思っているの。遠慮はいらないし、一緒に来てくれたら嬉しいわ。」

 七海の言葉に、狼牙は泣きそうになった。

 「七海さん・・・。僕も七海さんや大悟おじさんや論じいが大好きだよ。でも、僕・・・、メイ達について行って、この国で頑張って将来偉くなって母さん達の仇を取りたいんだ。そして、他にも苦しんでいる獣人を助けたい。」

 狼牙の言葉に大悟が頷いた。

 「そうか。狼牙が自分で決めたんだな。頑張るんだぞ。俺たちは論じいを連れて、一旦獣人国に戻るよ。ここで何か困ったことがあったら後から頼ってくれてもいい。」

 そう言って獣人国での目的地と連絡先を教えてくれた。


 

 狼牙達と別れて、熊の夫婦と論じいさんの3人になったところで七海がつぶやいた。

 「年寄りばっかりで寂しくなっちゃうわね。狼牙はどうして出会ったばかりのあの子達について行こうと思ったのかしらね。」

 それまであまり言葉を発さなかった論じいが答えた。

 「あれは竜人じゃ。」

 「えっ?」

 「あの二人連れの小さい方じゃ。竜の匂いがした。しかも竜王の加護まである。狼牙は無意識かもしれんが、あの子供を主人と認識したんじゃろう。あれは、狼の中でも天狼族の出身じゃしな。」


 天狼族は狼族の中でも特に武闘派の一族で、主人や愛する人など自分がこれと定めた者を命がけで守る忠誠心の強い性質の一族だった。


 「すごいな。あの小さい子、竜人なのか。だから、宰相一族御用達の呪術師がほどこしたという帝国最強の呪でも解除できたんだな。」

 大悟が感心したようにつぶやいた。


 「さあ、我々もそろそろ行こうか。」

 そう言って3人は獣人の国へと旅立って行った。

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