第8話 北都州 桜里と理久①
仙月の家を出て隣の州・西永までは一本道の街道だった。細く人気のない道で、整備が行き届いていないのが一目でわかる程荒廃していた。
「これじゃあ、物流の馬車とかも通るのは無理そうだなあ。」
そんなことをつぶやきながら、街道を道なりに進んで行った。
街道から見える周りを取り囲む山々は、材木を伐採した痕なのか山肌が見えているところも多い。
ブナは建物や家具にも使用されるため、材質が良質で需要が高ければ高額で取引されるはずだ。
「北都のブナは良質だから無計画に伐採したのかな?山で住む動物も追い出されて気の毒だな・・・。」
「きゃあ!」
突然、近くから女性の叫び声が聞こえた。
明蘭は駆け出し、声の方へと向かった。
街道に面した森の奥から10代半ばくらいの少女と10歳くらいの男の子がこちらに向かって必死の形相で走って来るのが見えた。
「どうしたんですか?」
明蘭が駆け寄り尋ねると、二人は息を切らせながら答えた。
「熊が・・・。」
「熊?」
森の方を見ると大きな熊がこちらに向かって来ていた。
明蘭は荷を下ろすと熊の方へゆっくり歩み寄って行った。
天竜村でも野生動物はたくさんいたので扱いは慣れている。
”ここから先は人間がいるから森へ帰りなさい。”
そう念じながら熊の目を見つめた。
熊は明蘭の竜気を感じ、ビクっと震え歩みを止めた。そして数秒にらみ合った後、諦めたようにきびすを返し森の奥へと戻って行った。
ふうっ
明蘭も詰めていた息を吐きだした。
「すげえ。熊が帰って行った!」
男の子の方が、興奮したように大声をあげた。少女も驚いた風に目を見開いている。
「兄ちゃん、どうやって熊を追い払ったんだ?」
目をキラキラさせて男の子が尋ねてきた。
「仙術で気を送ったんだ。」
「兄ちゃん、仙術士なのか?」
「まあ、そんなものかな。まだまだ修行中だけど。この辺りは熊がよく出るんですか?」
男の子の問いに答えつつ、年かさの少女に尋ねた。
「昔は山の中にいてこんなところまで来ることは無かったんだけど・・・。最近、ここのブナが西永で評判になってどんどん伐採されるようになってから、熊が人里まで降りて来るようになったの。」
少女は悲しそうに山肌が見える山の方に目を向けた。
「そうなんですね。熊にとっても住処から追いやられて、なんとも言えない話ですね。私は旅の途中なので先に行きますね。お気をつけて。」
明蘭が荷物を取って歩き出そうとすると、慌てて二人に呼び止められた。
「助けてくれてありがとう。私は
「そうなんですね。じゃあ、お言葉に甘えて今日はお邪魔させてもらいます。私は明蘭です。旅をしているのでこんな格好をしていますが・・・。」
「兄ちゃん、女なのか?」
理久がびっくりしたように聞き返してきた。
それから一緒に道なりに歩きながら、里桜は集落の状況や自分たちの家族について話してくれた。
ここの集落はもともと山で取れる木の実や山菜、畑で収穫した作物を近隣に売って生活している者が多かったが、ブナ林の伐採以降、熊が頻回に現れ山に入りにくくなり、そのうち畑にまで現れて作物を食い荒らすようになったそうだ。
そして二人の両親は1年前、集落に降りてきた熊に襲われ亡くなったらしい。
それから危ないと思いつつ山に入り木の実を取ったり、小作の畑を耕して二人で生活をしているとのことだった。
「この辺りを治めている領主や地主は何をしているんです?熊を退治するとか、山に返す対策を取るとかはされてないんですか?」
明蘭が憤りながら問うと、里桜の顔は青ざめ小さな声で答えた。
「何も・・・。地主様はブナを売って自分だけ裕福になって、私達小作のことは放置しているの。」
里桜の表情に違和感を感じつつも、そこで家に着いたため会話は一旦終了となった。
家の中はきちんと片づけられていたが、少女と子供だけで補修が難しい部位、ところどころ空の見えるかやぶき屋根や建付けの悪い入り口の引き戸などが生活の厳しさを物語っていた。
「こんなものしかなくて申し訳ないけど・・・。」
里桜がほとんど水のような薄い粥を渡してくれた。生活が苦しいのは十分伝わってきたので、明蘭はありがたくそれを受け取った。そして仙月のところから持ってきた干し肉を分けてやると理久は嬉しそうにかじりついていた。
食事のあと片づけをして、明蘭が与えられた部屋で寝る支度をしていると理久が湯のみを持ってきてくれた。
「これ、疲れが取れて良く眠れるお茶なんだ。」
「そうなの。ありがとう、後でいただくね。」
にっこり笑ってそれを受け取った。
理久が部屋を出て行くと、明蘭は湯のみの中の液体の匂いを嗅いだ。
これ、やっぱり
夢幻草は山の奥に生える野草だが、強い鎮痛・沈静作用が有り煎じて薬として使われる薬草である。しかし続けて使用すると依存性が生じ、記憶障害や意識障害や幻覚が生じて廃人になることもある取り扱いの難しい物でもある。
明蘭は山の中での怪我の際など際に気を付けて使うよう、父の明翔から教えられていた。
なぜ、わざわざこんな物を・・・?
明蘭は手ぬぐいに茶を含ませ、空になった湯のみを引き戸の近くに置き布団に入った。
それから半刻後、そっと引き戸が開けられ理久が顔をのぞかせた。
「湯呑み、空になってるし、良く寝ている。」
小声で姉に話す理久の声が聞こえた。
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