第6話 北都州 北寧
明蘭は自分の家に戻り、まとめていた旅の荷物を取った後、北都州知事の送ってくれた護衛達とともに北寧へと旅立った。
北都州の州都は北寧という町だ。竜華帝国の北西に位置する田舎の町だが、その周辺では最もにぎやかで治安の良いところだった。明蘭の実の父と母が出会った町でもある。
明蘭も何度か買い出しで訪れたことはあったが、のどかな天竜村と比べて建物も人も多く、いつも気おくれしそうになっていた。
知事の恒詠の屋敷は城と呼べるような石造りの壮大な建造物だった。明蘭は驚きながらも促されるまま中に入っていった。
「私は知事の恒詠です。明翔様、お目にかかれて光栄です。」
にこやかに明蘭を迎えてくれたのは40代半ばくらいの男性だった。背の高い真面目そうな男だ。
「龍聖の寿峰様よりお話は伺っております。私が責任をもって明翔様を竜安にお連れ致しますのでご安心ください。とりあえず今夜は晩餐会の後はごゆっくりしていただき、明日の朝の間に出発という予定と考えております。慌ただしい日程で申し訳ございませんが、お急ぎの旅と伺っていますのでご容赦ください。」
用意された晩餐は明蘭が今まで食べたことのない大層豪華なものだった。そこで知事の妻と子を紹介され、北都で今話題となっている出来事や人物についての話をし、終始なごやかな雰囲気で会は終了となった。
与えられた部屋で一人になった明蘭は、寝台に横になって天井をぼうっと眺めながらこの数日のことを思い返した。
竜珠が宿って、父が亡くなって、老師と過ごして、北寧に来て・・・。今後のことも不安だらけだなと思いつつ、身体の疲れもあってかそのまますぐ眠りについた。
ちょうどその頃、知事の弟・
兄と違って出来が悪く、意地の悪そうな顔つきの上、中年太りもありだらしない体形をしていた。
「なんだと兄上のもとに皇帝陛下の隠し子が?」
「しいっ。極秘情報なので、大きな声を出さないでください。」
「つまりなんだ。第3皇子は新たに発覚した陛下の隠し子を抹殺したくて、俺にそれを依頼したいってことか?」
「そういうことです。」
使者は頷いた。
「リスクの高い仕事だ。俺に何か得なことがあるのか?」
「あなたと知事の確執はよく存じております。知事が皇帝の密命を遂行できず御子が旅の途中で暗殺されるようなことがあれば失脚は免れないでしょう。そうすれば、次期知事の地位は弟のあなたのものです。」
恒安はニヤリと笑った。
「いい話だな。」
翌朝、出立の時間になった。
「私の部下、州軍の者10名があなたの護衛につきます。厳選された精鋭達ばかりです。彼等が竜安まで行くか、途中で竜安から遣わされた禁軍と合流になるかは適宜皇宮と連絡を取りながら決定することとなるでしょう。」
「いろいろと段取りをしていただき、ありがとうございます。心より感謝申し上げます。」
明蘭は頭を下げお礼を述べた。
「まだお小さいのにしっかりされて、さすが皇帝の御子様です。良い旅をお祈りいたします。」
中身は25歳だけど、と心の中で思いながら明蘭は頷いた。
町の中の移動はごく単調で平和なものだった。立派な馬車に乗せられ、小窓から景色を見たり、中で帝国の地図を見たりして過ごした。
町を抜け、人家もまばらになり隣の西都州との境目あたりの森に差し掛かった時、それは起こった。
ヒヒヒーン
馬が大きな鳴き声をあげ、急に前脚をあげて立ち止まった。
御者は側方に投げ出され、車輪が轍にはさまると車体が大きく傾き、馬車は横に倒れこんだ。
ドオーン
ものすごい音と共に馬車が倒れ、中にいた明蘭は馬車の側壁にたたきつけられた。
「痛ったー。何?」
何が起こったのか見ようと馬車の外に出た。
「明翔様。外に出てはなりません!」
護衛団長が賊らしい男と剣で切りあいながら大声を張り上げた。
「フへへ・・・。獲物が自分から出てきてくれたぜ。おい、あいつだ。」
他の護衛とやりあっていた男たちも一斉にこちらに顔を向けた。
まずいと思った明蘭はとっさに森の方へ駆け出した。森の方が自分に利があると思ったからだ。
しかし、少し入ったところで木陰から一人の男が現れた。
太った身体に意地悪そうな顔立ちの男だった。
「これはこれは、皇子様。こちらに自分からいらっしゃってくださるとは。」
ニタニタ笑いながら近づいてくる男の手にはよく切れそうな剣が握られていた。
「何者だ?」
「死にゆくあなたには関係のないことですが、教えてさしあげましょう。私は
「恒詠の弟?彼が裏切ったのか?」
「まさか。堅物の兄がそんなことをするわけがないでしょう。竜安にいらっしゃる第3皇子から私に密命が下ったのですよ。あなたを亡き者にせよとね。」
「なっ!」
驚き絶句した明蘭に男は容赦なく剣を振り下ろす。肩から胸に鋭い痛みがはしり血が流れた。
傷をかばいながら男から離れようと背を向け走り出した。
痛みもありすぐに追いつかれ、背後に男の気配を感じた直後、背中に激痛がはしった。
背中から腹にむけて剣が突き出され、腹から血濡れた剣先が出ていた。
一度刺した剣を抜きながら、恒安は笑顔で話しかけてきた。
「あなたのそのきれいな首を第3皇子に差し出せば、兄は失脚し、私は晴れて北都州知事になれるというわけです。さあ、私のために死んでください。」
恒安が剣を振りかぶったとき、明蘭の身体が急に見えなくなった。
「ちっ。しまった。崖になっていたのか。」
明蘭が倒れていたあたりに残された血だまりのある草むらのすぐ向こうは切り立った断崖になっていた。
恒安は下を覗き込んだ。
「くそっ。下が見えないな。まあこの高さでは間違いなく死んでいるだろう。この血濡れた剣を献上して、首の代わりにするしかないか。」
そう言うときびすを返し、部下たちの元へと戻っていった。
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