第5話 天竜村 ③

「金色の髪は珍しいから誘拐の危険性もあるし標的になりやすい。道中も注目を集めやすいし、皇宮につくまで龍聖であることはなるべく隠した方がいいだろう。これは黒銀草くろがねそうの葉を乾燥させて粉にしたものだ。濡らした髪にもみこんで、しっかり乾かしたら髪の毛が黒く染まる。白銀草しろがねそうの石鹸で洗わない限り、水に濡れただけでは落ちないから。」


 そう言って寿峰は明蘭の髪の毛を水で湿らせ黒い粉をまぶしていく。まぶし終わると仙術で風を起こし、しっかり乾かした。寿峰は全盛期からは程遠いらしいが仙術の扱いが上手く、明蘭もその指導を受けていた。


 鏡で自分の姿を見て感嘆の声をあげた。


 「うわあ。別人みたい。」

 鏡にはこの国特有の黒髪黒目の子供の姿が映っていた。


 「確かにこれだったら町でも目立たないだろうけど。標的になりやすいって、どういうことですか?」

 先ほどの寿峰の言葉の中で気になったことを尋ねた。


 「あまり言いたくはないが、竜珠の継承は皇子・皇女、そしてその母親達にとっては一大事だ。昔からお互いの潰しあいはもとより、殺し合いなども日常茶飯事だったのだ。龍聖であることは伝えてあるので、金色の頭だと遠くからも暗殺の標的になりやすいからな。」


 その後も、旅先での心構えや様々なことを思いつく限り明蘭に伝えてくれた。


 「道中、何も起こらないかもしれないし、ひょっとすると刺客などに襲われる可能性もある。それは皇宮でもだ。竜珠が完全に引き継がれたら直系子孫にしか引き継がれないため襲われる危険は限りなく低くなるんだが。」


 女児だと別の意味で被害にもあいやすいし、服も動きにくいため、長旅になることを考えると男児と偽った方がいいだろうということを相談したりした。


  明翔の死から一週間。


 明翔を弔い、母の隣に墓を作った。その後、荷物の整理をしたりしながら寿峰と一緒にすごした。


 

 コンコン


 寿峰の家の扉をたたく音がした。

 

  ゴクっと明蘭は息をのんだ。  


 「はい・・・?」

 うすく扉を開けると、そこには一人の男性が立っていた。


 「北都州知事の恒詠様より遣わされた州軍所属の者です。私は寿峰様のお世話を任されこちらに参りました。」

 にこやかな笑顔と共に丁寧な挨拶をされた。


 遂に迎えが来た・・・。

 それは寿峰との別れを意味する。


 少し泣きそうになりながら明蘭は寿峰を見た。

 寿峰は頷いた。

 

 「辺鄙なところまでご苦労だった。こちらがご子息の明翔様だ。他の迎えの者はどうした?」

 道中は少年のふりをするため、父・明翔の名を名乗る予定だ。

 「彼らはご子息の家の方に向かいました。そちらに待機しています。」


 「少し別れの時間を持ちたい。外で待っていてくれるか?」

 寿峰は男にそう告げ、外に出るよう促した。


 明蘭は寿峰に抱き着き、その顔を寿峰の胸にうずめた。

 「老師様・・・。」

 「明蘭。わしはこの地でずっとおまえのことを思っている。教えられることは全て伝えたつもりだ。長きにわたり皇宮にいたわしが太鼓判を押すんだ。自信を持って帝位につきなさい。」

 明蘭は抱き着いたまま、無言で頷いた。


 寿峰は戸口まで出て明蘭を見送った。明蘭は何回も後ろを振り返り、最後に名残惜しそうに大きく手を振ったあと、その姿は見えなくなった。


 「ククク・・・。随分と愛されてるじゃないか。老師サマ。」

 州軍から遣わされたという男がおかしそうに口を開いた。


 寿峰がいぶかしそうにその顔を見ると、男の姿はたちまち変化し、背の高い黄金色の髪と目を持つ美丈夫となった。

 

 「竜王陛下!」

 「久しいな。寿峰よ。何十年ぶりだ?」


 寿峰は膝をつこうとしたが、竜王が手で遮った。

 「よい。足が悪いのだろう。奥で座って話そう。」


 「なぜ、こちらに?」

 「明誠から龍聖の皇帝が誕生すると聞いて、どんな奴か早く見たいと思ったんだ。真蘭の子供の頃とそっくりで驚いたぞ。」

 「真蘭皇女と・・・。」

 「真蘭は大人になってから香蘭とよく似ていたし、あの子供もそうなるかもしれないな。」

 竜王・龍将は懐かしそうにつぶやいた。


 「寿峰よ。しかしなぜお前の最期をあの子供に看取らせなかったのだ。大切な人との最期の別れは人にとってもかけがえのないもののはずだ。竜安に着くのは数日ずれても問題はなかろう?」


 寿峰は苦笑した。

 「龍将様は何でもお見通しですな。もう気力で立っているようなものです。・・・あの子は1週間前に最愛の父親を亡くしたばかりで、明るく振舞っていても大きな心の傷になっています。立て続けにわしまで逝ってしまったら竜安に着く前に心が折れてしまう可能性が高いと思ったのです。」


 それから龍将は寿峰の家に滞在し、驚くべきことに本当に寿峰の世話に徹していた。


 「龍将様。申し訳ありません。竜王にこのようなことを・・・。」

 「よい。私が好きでしていることだ。それにやってみると存外他人の世話というのも面白いものだということがわかった。真蘭が住んでいたころよく訪れていたから村を見て回るのも懐かしいしな・・・ところで、塩はどこにある?」


 ガタガタと棚をあさりながら龍将が尋ねた。寿峰は苦笑しながら塩のありかを伝えた。


 明蘭が去って三日後。

 寿峰の病状は急激に悪化し、寝台から起き上がることも出来なくなった。


 「龍将様。今までありがとうございました。私も逝く時がきたようです。最後に一つお願いが・・・。」

 龍将は視線で続きをうながした。

 「明蘭のことです。あの子のことをお願いしたいのです。生まれた時からずっと孫娘のように成長を見守ってまいりました。これからもずっとそうしたかった・・・。ですが、私にはもうその時間が無い・・・。」

 龍将は頷いた。

 「よかろう。その願い引き受けた。お前も長い時間、ご苦労だった。」

 「本当に・・・。飽きるほどの長い時間を生きて、やりたいことはやりつくしたと思っていたのに。最期にもっと生きたいと思うなど・・・。陛下、明蘭をよろ・・・しく・・・お」

 寿峰はそこで目を閉じた。

 龍将は言葉の続きを待ったが、その続きが紡がれることは二度となかった。



 寿峰が亡くなった後、龍将は彼の家をガサゴソ漁っていた。

 「寿峰め。まだこんなものを残していたのか。」

 呆れた声をあげて龍将が取り出したのは、東方の国に伝わる神の国の入り口に置くという狐に似た神の使いの石像である。5,6歳の子供くらいの大きさがある。


 200年程前、自分が彼にこれを贈った時のことを思い出していた。

 その当時、彼はまだ若々しく目元の涼し気な美男子だった。


 香蘭によく似た皇女がいて、龍将のお気に入りだった。その少女が話をしているのをたまたま聞いてしまったのだ。

 「竜王陛下ももちろん素敵よ。でもそれより、寿峰様のあの目尻が少し上がった切れ長の目に見つめられると、たまらなくどきどきするの。」

 それが気に入らなくて寿峰にこの石像をプレゼントしたのだ。

 「皇女がお前の目がこんな感じって言ってたぞ。」

 狐の目がややつり目で気味で寿峰に似ていると思ったのだ。

 寿峰は困った顔をしながら、はあと言いながら受け取っていた。


 「すでに捨てていると思ったがな。よし、お前の墓標はコレだ。」

 石像を神力で浮かしながら龍将は家の外に出た。

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