第4話 天竜村 ②

「わしは今まで龍聖りゅうせいの後継者としてお前に様々なことを教えてきた。それは長命で能力の高い龍聖が皇帝の臣下として国の役に立つということが一番の理由だが、それ以外にも理由わけがある。」

 明蘭は寿峰を見つめている。

 「長らく外見が変化せず、黄金色の髪を持つ龍聖は市井にいると周囲から浮いてしまい、奇異の目で見られることが多い。それに仲良くなった友人たちもみな先に逝ってしまう。わしも親友と思っていた友人や愛しいと思った女性を見送ったことが幾度もある。」

 

 「老師・・・。」


 「その点、皇宮には今まで幾人かの龍聖が存在し、それは尊ぶべき存在として扱われる。それと皇宮には竜王陛下がおられる。普段ほとんど人と交わられないが、時々フラッと現れその存在を示される。知り合いがことごとく死にゆく中、不老不死の陛下の存在は龍聖にとって大きな心の拠り所となりうるのだ。龍聖が生きるのに皇宮以上の場所はないとわしは思っておる。」


 「今すぐに竜安に行く必要はあるのですか?」

 明翔が真剣な表情で尋ねた。


 「竜珠の状態から急を要するわけではなさそうだが、いつ皇帝が急変するかわからないし、ここから竜安りょうあんまで陸路で1ヵ月はかかることを思えば、なるべく早く竜安に行くほうがいいだろう。」

 「父さんや老師を置いていけないよ。」

 明蘭が顔をゆがめた。

 「皇宮と北都州知事ほくとしゅうちじ恒詠こうえい鳥伝ちょうでんを送ろう。北都から誰か人を送ってもらえば我々は大丈夫だろう。」


 寿峰の言葉に明蘭は息をのんだ。


 皇都・竜安まではどんなに急いでも陸路で1か月はかかる。一度皇宮に入れば、二人が生きている間に天竜村に帰ってこられる可能性は限りなく低くなる。


 「イヤです!二人を置いていくなんて!」

 明蘭は泣きながら家をとびだした。


 「明蘭!」

 寿峰は追いかけようとしたが、足がもつれてその場にしゃがみこんだ。


 しばらく沈黙が続いたが、明翔が寿峰に声をかけた。

 「老師様。急なことで気持ちが追い付いてないだけで、あいつはわかってますよ。老師様と俺と玲々で育てたんだから。・・・それに、俺はもうそんなに長くないと思います。心配するからあいつには言ってませんが、肺の痛みがかなり強くなってきてますし、もう片目はほとんど見えてません。粥の味もしなくなってます。」


 自分の死期を悟ったような穏やかな表情だった。


 「明翔・・・。」



「私、どうしたらいいのかな?」

 村はずれの高台の岩の上に座り空を眺めながら明蘭はつぶやいた。

 村で放し飼いにしているヤギの悠々ゆうゆうが慰めるように鼻先を背中につけてきた。

 「慰めてくれてるの?」

 少し笑って、悠々をなでた。


 

 その日の夕方、明蘭が家に戻った時にはすでに寿峰はいなくなっていた。


 寝台で寝ていた明翔が声をかけてきた。

 「明蘭おかえり。」

 「ただいま・・・。」

 

 「明蘭。少し話をしよう。ここに座って。」

 明翔は自分の寝ている寝台の端をたたいた。

 辛そうに身体をおこし、寝台に身体を預けるように座って明蘭を見た。


 「あれから老師と少し話をしたんだ。まず、皇帝陛下のことだけど。おそらくだけど君と玲々のことを捨てたわけではないだろうと。」


 明翔は寿峰から聞いた話を明蘭に話聞かせた。


 「先帝は馬の事故で急逝されたそうだ。まだまだ若くお元気だったから、現皇帝を含め竜安にいなかった皇子は他にもおられたそうだ。先帝の崩御の瞬間、一瞬で竜珠が継承された。運悪く継承者が帝国の端っこにいたものだから、珍しく竜王陛下が動いてくださり、空を飛んで皇子を連れてきてくださって大層驚いたと老師がおっしゃっていた。おそらく玲々に連絡する暇もなかったんだよ。」

 明翔は呼吸が苦しいのか、時々息をつきながら話した。


 「皇帝陛下を許してやってはどうかな。」

 「えっ・・・。」

 「お前にしたら会ったこともない人を急に父親だっていわれてもって感じだろうけど。彼には彼の事情があったんだろう。」


 「昔、玲々から聞いたんだけど、陛下は食堂では”せい”と名乗ってたらしいな。お前が産まれた時、玲々が俺の名前から字を取りたいっていうから”明”を取って、明蘭にしたんだ。名前でつながってお前の本当の父親になれたようで嬉しかったよ。」

 「父さん・・・。」

 思わず明蘭は涙ぐんだ。

 「でもさ、老師様によると陛下の本当の名前は明誠というらしい。まさかの俺とお前と陛下の3人でおそろいだったんだな。」

 そう言って明翔は軽く笑った。


「お前は俺と玲々と老師で育てた。知識は老師、狩猟や山のことは俺、家事や機織りなど家の細かいことは玲々。何でもできる優しい自慢の娘だよ。なにより皇宮で働くための知識や礼儀作法は老師様に教わってるだろう。」


 「父さん。」


 明蘭が再び涙ぐみそうになった時


 「ゲホゲホゲホッ」

 明翔が急に激しく咳き込みだし、口からは大量の血がこぼれだした。


 「父さん!もう黙って!早く横になって!」

 あわてて父に駆け寄り、寝かせようとする明蘭を明翔は押しのけた。


 「明蘭・・・。約束だ。皇帝にな・・れ・・・。お前なら・・大丈夫だ・・・。天から・・・母さんと・・見守って・・・い・・るか・・ら・・。」


 「父さん!わかった。約束するから。お願いだからもうしゃべらないで。横になって!」


 直後、明翔の身体が傾き寝台に倒れこんだ。


 「父さん。父さん。父さん。いやだ!父さん、逝かないで!」


 明翔の目から急速に光が失われていく。

 冷たくなっていく父の身体に明蘭は泣きながら縋り付いた。


 血だらけの父の身体を清めた後、明蘭は寝台の横の椅子に茫然と座り込んだ。




 一方、寿峰は自居に戻り各方面への書状をしたためていた。



 皇宮には、天竜村の龍聖に竜珠が宿ったこと、自分はもう長くないだろうから北都州の知事に明蘭を託し皇宮に向わせることを書いた。


 北都州知事の恒詠には、龍聖や竜珠には触れず、天竜村の子供が皇帝の子であることが判明したため竜安までの護衛を頼みたいことと、代わりに寿峰の手伝いをしてくれる人を寄こして欲しいことを書き綴った。


 それらを書き終え、鳥伝を飛ばし一息ついた頃、明蘭が現れた。


 

 目は真っ赤で、瞼も腫れていた。

 「老師様・・・。父さんが死んじゃった・・・。」

 小さな声でつぶやいた。


 寿峰は痛ましそうに顔をゆがめたが、何も言わずに明蘭を抱きしめた。

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