足りてない

「志摩、今日は……」


「わりぃ友崎!俺ちょっと用事あって…まぁすぐ終わると思うから待っててくれ!!」

 そういって志摩は放課後の廊下を走っていきました。

 一人残される友崎。

 今日は他の友達も先に帰り、ただ待つだけと言うのも暇です。

 今日も今日とてあんまり作戦会議進まなかったなぁとか。

 献立は何にしようかとか。

 あるいはソシャゲで時間をつぶそうかとか。

 たまには図書館で借りて本でも読めば、あの人との話題作りにつながるんじゃないかとか。

 そんなことを考えているうちに、10分経っておりました。

 …すぐ終わると言っていましたが、まぁ誰かと会うなどの用事だったりしたら、10分そこらでは終わらないでしょう。


「…あいつは一人でなんでも解決しようとするからなぁ。」


 でも、前のこともあり少し心配だった友崎は、適当なスタンプで調子を確認しました。


 …それからさらに10分経っても、既読は付きませんでした。


 放課後の教室から、人が一人減りました。


 廊下を、

 教室を

 階段を

 一人の男子生徒が駆けます。


 怪我をしているかもしれない。

 声も出せない状況かも知れない。

 なんなら性別が変わるなんてことよりもっと大きな、命の危機かもしれない。




 昔と違ってかよわくなってしまった友人を心配する強い気持ちは、とある教室に貼られた「男子は入るな!!」の文字が脳に入ることもなく、勢いよく突き進んでしまったわけなのです。



 そんで、ぶっ飛ばされてしまったわけです。

「……大丈夫か?友崎。」

「あー、うーん、大丈夫ぁけど…」

 お前のそのふわふわきゃわわな恰好は何なんだ?

 友崎はぎりぎりそれを発する肺の空気が足りなかったので、目で訴えかけました。


「ぐふふ…これはズバリ、大作戦なのだよ!!!!」

 友崎を蹴り飛ばしたギャル…不二華が、そう答えました。


「大作戦…?」

 意味が分かりませんでした。

「だからいい加減説明してくれよ、なーんで俺がこんな…なんか女子の服着なきゃなんねーんだよ?」

 志摩もその問いに続きます。


「いいかい志摩ちゃん………。〈サイコウイン〉くんとやらは女の子が大っっっっっ好きなんだよ…そしてそんなヤツに恋してたのはとびっきりかわいい女の子たちばっかだったよぉ!そんでそんな子たちと昔イチャついてた!!みたい!…いや一部そんなにパッとしない娘もいたけど。」

「そういうこと言ってやるなよ。」


「だから…〈かわいい大作戦〉だよ!」

「「はぁ。」」

 友崎と志摩は気の抜けた返事をしますが、ギャルの背後のギャル二人と教員一人はうんうんと100%理解した顔でうなずいています。説明が足りなすぎんだろなんでわかるんだよ。


「説明は十分足りてるしー!」

 速い話が〈最高院〉が興味を持つようなかわいい女の子の見た目の奴が現れれば、きゃつにヒロイン候補として目を付けられ、向こうから近づいてくる=接触の機会が手に入る

 ということであった。


「おー。ちゃんと考えられてる。…考えられてるか?」

「こんなに頭と体力使わせて…志摩ちゃんはシューおごりだかんね?」

「へいへい。まぁ今ので俺を着せ替え人形にしたわけは分かったけどさ…いやこれ俺が可愛くなる必要あったか?」

「あったでしょ?」

 そういって不二華はにやついた顔で友崎を見ました。

「……どうだろうな?」

 友崎はそう返しました。


「ふーん。まぁいーけどさ?」



「…そんで、こっからどうすんだよ。」

「どうってそりゃ、奴が来るのを待つのだよ志摩ちゃん。」

「服が乱れるから、あんま動き回っちゃ駄目っス。」

「制服じゃないゼブラちゃんを校内で歩きまわらせるのは、流石のお姉ちゃんも許せないしね。」

「そこなのですか美鳥教諭?そこが重要なのですか?」


 待ちの姿勢。

 もとよりこんなひらひらした危なっかしい服装で歩き回る気はありませんが、だからといって動くなと言われるのもそれはそれで不安。というか親友に見られただけでもなんか変な感じしたのに知らない男子を呼び寄せるためにこんななんか落ち着かない格好を、これなんか変なとこ見えてないよな、というかサイズ云々─────


「志摩?」

「うひょあっ。……どうした友崎。」

「オレちょっと出てくるけど、ついでになんか買ってきてやろうか?」

「お、おぉ…冷たいやつで。」

「了解。」


「あ、待った。」

「ん?」

 純粋な疑問。


「この服装、俺に似合ってるのか?」


「ああ。いいと思うぞ。」


 がらりと、戸は閉じられました。


 胸の芯を突くような、ナニカの感覚。

「…。」


 そしてその一連のやり取りを見逃すギャルwith教員ではありません。





 がこん。

「スポーツドリンクかエナジードリンクか…まぁ選ばせてやるか」

 飲み物を取り出し、頭を上げると

「やあ、友崎。」


 いつだったかのどこにでもいるような男が、前とは別の女子を侍らせて友崎に話しかけてきました。たしか名前はイカだったかタコだったかクラゲだったでしょうか。

「お前か。」

「君は相変わらずつれないねぇ。」

不快。

「ダチを待たせてるんでな。用が無いならもう行くぞ。」

 ただでさえ〈最高院〉とやらに自分の好きな女が惚れていて心穏やかでない状況なのに、目の前で知らん奴が女共を侍らす様を見せられては、たまったものじゃありません。

「まあ待ちなよ。今日は趣向を変えてみたんだ。さ、こっちに来て。」

 イカ男が手招きをすると、侍らせ女子の中から見知った顔が現れました。


 その人は。

 青く長く美しい髪を持つ、知性的なオーラを持つその人は。

 まぎれもなく、友崎の憧れのあの人でした。


 その人はふわりとイカ男の腕を、愛おしそうな顔で抱きます。

 それにイカ男は態度を変えることなく、友崎へこう問いかけました。


「友崎。この子…蒼真さんの、僕への好感度が知りたい。」

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