そして俺は”裕也”を捨てた

 ─────温かかった。柔らかかった。

「ライラライラライラァ~~~♪wowowowo~」

 …うるさかった。


 体を起こすと、目の前には短く切り揃えた、顔のいい緑髪のいとこがウクレレを引きながら歌っていた。

「…美鳥姉?」

「あぁ!やっと起きたんだね!愛しのゼブラちゃん!」

 バッと手を広げ抱きしめてくる。

 ってことは、ここは美鳥姉のマンション…。ベッドも美鳥姉ので…なんだこのぬいぐるみ?


 …というか、なんでここに俺を?

 あぁ、そっか。

「美鳥ねぇちゃん。」

「ん?」

「美鳥姉も、お金持ちになりたいんだよね?」

 この人も、なんだろう。


「…」

 むにぃ。

「…みほいえぇ、いはい。ひっはらないへ。」

「お姉ちゃんをなめたらいけないよ。これでも大金持ちだったりするのさ。」

 美鳥姉は一度部屋を出ていくと、ノートパソコンを持ってきて、操作した後に俺の膝上に置く。

 俺もよく使う動画視聴サイト。

 その画面には「ゴッドバード公式」と書かれたチャンネルのバンド演奏動画。

 美鳥姉とその友達?達が楽器を弾いて叩いて叫んで空気を揺らす。

 …どっかの叔父さんの葬式の時も、似たようなのを見た気がする。

 再生回数も、ほとんどが10万再生を軽く超えていた。100万のやつもあった。


「最近は配信者っぽい企画もやったりしててね?最近で一番ウケたのはキーボードをキッズピアノにしたままライブ行ってみた~だったかな?あのときの烏山の焦りようときたら…くくっ。っと、そうじゃなかったね。」

 美鳥姉はパソコンをどかすと、俺の目を見ていった。

 俺を見て、優しく言った。


「見ての通り、私はだ。何があったか教えてもらえないかな?裕也くん。」


 美鳥姉は、変人だけど、いい人だった。


 俺は。

 あの時、とりあえずやけくそだった。

 信用できるとかできないとか、考えられるほど大丈夫じゃなかった。

 主観だった。

 親とか弟の事とか考えてなかった。わがままで駄々っ子みたいな言い分だった気がする。

 ただ、つらかったこととか、変わったのに誰も心配してくれないこととか、俺のせいで家族がおかしくなったこととか、弟に言われたこととか。

 そのすべてを怒鳴るように、当たり散らすように吐き出し続けた。

「俺なんて…生まれてこなければよかったのかなあ……!」

「大丈夫…大丈夫だから…。」



 まぶしい。

 カーテンの隙間から光が差し込んでいる。

 泣き疲れて寝た。なんてドラマとかアニメにしかないと思ってたけど、実際に体験するなんて…泣き虫とか思われてたらどうしよう。

 なんて思えるぐらいには、余裕が回復していた。

「はい……はい……それでお願いします。」

 美鳥姉は起きた俺を見ると、電話を切って俺のところに来た。


「ゼブラちゃん。」

「…前々から思ってたんだけど、そのゼブラちゃんって何?」

「君、動くと中の白髪と外の黒髪が混ざってシマウマみたいに見えるんだよ。だからゼブラちゃん。かわいくないかな?」

 美鳥姉は俺の髪を撫でる。女子の体になってからやたら伸びた髪。

 白髪交じりの俺の髪は周りと比べて変なようなので、これからがあるなら、目立たないように隠した方がいいかもしれない。

「なんていうか弱そう…ホワイトタイガーじゃだめなのか?」

「ははは。まぁそんなことより、だ。」


「ゼブラちゃん。これからはお姉ちゃんと一緒に暮らさない?」

「できない。」

「ははは…警戒心が強いのもシマウマみたいだね。分かってたけど。」


 やりたくないんじゃない。

 できない。

 美鳥姉は良い人だ。それは分かった。

 でも、俺の家族だって元からあんなだったわけじゃない。俺が女になってからおかしくなり始めただけだ。同じようなことが美鳥姉にも起きるかもしれない。

 それに、美鳥姉自身が大丈夫だったとしても、他の人たちが俺目当てに何かするかもしれない。

 たとえば…殺人……とか……。


「…聞いてる?ゼブラちゃん?」

「っ。何?」

「君の意志と優しさはよく分かったよ。だからねゼブラちゃん。」

 ────少し早いけど、独り立ちの時期だ。

 美鳥姉はさびしそうにそう言った。


 一か月。

 俺は家族の住む家を離れて、美鳥姉の家で暮らすことにした。

 …俺は弟から、家族から逃げた。


 掃除、炊事、洗濯、お金の管理、体調の管理、書類の管理、etc…。

 美鳥姉はいろんなことを教えてくれた。



「そういえば、裕也ゆうやは男の名前だからね。女性の体になった以上、名前を変えた方がいいと思うのだけれど…どんな名前がいいとかあるかい?」

「…ゆうで、お願いします。でも、できればあんま呼ばないでほしい、かな。いろいろ思い出しちゃうんで。」

「うん、分かったよ。」


 …ただ、俺が何かできるようになっていくうちに、少しずつ部屋が汚くなりやすくなったり、俺のいないときにカップ麺で済ませたりするようになってたりしたりと、むしろ俺がいなくなってこの人大丈夫なのかな。と心配に思ったりした。



 そんなこんなで、いきなり忙しくなった夏休みも終わりを告げる。

 登校日。今日から俺は、一人暮らしだ。

「ゼブラちゃん…本当に大丈夫……?」

「大丈夫だからっ…あんま締め付けないでっ…」

「つらくなったら、いつでもお姉ちゃんのとこ来ていいからね~…?」

「…まだ一か月しか色々教わってないし、きっとすぐ来るよ。」


 いつもと違う通学路。いつもと違う服。

 クラスメイトにどう説明するか。

 先生にどう説明するか。

 …もし弟に会ったら、どうしようか。


 そんなことを悶々と考えながら、俺は校門をくぐり。

 昇降口を抜け。

 教室に近づいたところで。

 金髪ツインテールの女子が立ちふさがった。


 …こいつは確か、弟のクラスのいじめっ子だったはずだ。何度かあった気がする。

 いじめっ子の少女は俺を見るなり。

 クソ生意気な笑みをたたえて、こう言った。


「女の子の暮らしはどう?裕也☆夏休みの間は、さぞ豪遊したんじゃないの~☆」



 ──俺は女になってから、クラスメイトには一度も会っていない。

 ──だから女になってることは、先生はともかくクラスメイトが。しかも別の学年が知ってることはない。

 ──だから。

 ──こいつは。

 ──俺が女になったことを知っていて。金持ちになったことを知っていて。あまつさえこんな立ち塞がるように俺にその言葉を投げつけたこのクソアマが。


「お前が、俺の家族を滅茶苦茶にしたんだな……!」


 ───こいつがすべての犯人だと、確信した。

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