嵐の前から
美鳥ネーチャン。
志摩のいとこであり、教職を目指していた女性。
で、教師になれた女性。
勘のいい読者はお気づきかもしれませんが、後ろで束ねられた緑髪が特徴の、一見おとなしそうな女性。
ただし中身がとんでもない。
男の頃も女になっても態度を変えることなく志摩は撫で殺しのもみくちゃにされ着せ替え人形にされ、友崎に偶然出会ってしまったときは「志摩を嫁にもらってください」と題したバラードを歌いだしたり、親戚の集まりでは冠婚葬祭全てにおいて即興のロックバンド演奏をぶちこみ空気をぶっ壊す。
元気やかまし担当の茜崎がわんこなら、あのヤバさは台風と言ったところ。犬も飛ぶほどでありました。
ただでさえ最近学校が変なのに、さらに変な奴の追加投入。
地獄がここにありました。
そんな恐ろしい美鳥ネーチャンが自分たちの学校に来る、という知らせから2週間。
志摩は死んだ目で登校してきました。
「おは…大丈夫か?志摩。」
「お前が大丈夫に見えるなら大丈夫なんだろうな…。」
べしゃりと志摩は机に突っ伏します。
「あー…そう、指だよ。指は大丈夫かって聞いたんだ。」
「あぁ、一応それは大丈夫になった感じだ。まだ少し痛むけど、いい加減
休みすぎるのもよくないしな。」
広げられた手にはまだ包帯が残りますが、異常な変形もありません。健康って大事。
「じゃーあれだ、美鳥さんの方は────」
「その話はやめてくださいマジで考えたくねぇ…」
再び志摩はへにょへにょ。
しかし友崎はそこまで凹んでおりませんでした。
「……オレは結構楽しみだけどな。美鳥さんが来るの。」
「ハァ!?お前マジっ…まさか…ああいうタイプが!?」
「それは絶対に嫌だが!!?」
咄嗟の大声。
クラス中の視線が刺さります。
朝なので全員集合じゃなかっただけまだマシな部類ですが、それでも気まずいものです。
少し黙って視線が外れるのを待ってから。
「…そんな拒否ってやらんでも。美鳥姉ちゃんが聞いたら泣くぞ?周りの目も気にせずに。」
「そういう話じゃなくてな?あの人ほら、アレがあっただろ?案外、学校が今よりましになるかもしれないぞ?」
アレ。
アレとは?
今の学校がましになるようなアレ…。
「自己紹介でロックバンド演奏…?」
まるで思いつきませんでした。
「違うわい。ほらあれだよ…その───」
「やっと見つけましたよ、志摩さん?」
聞き覚えのある凛とした声。何を隠そう蒼真先輩です。
「あぁ蒼真先輩、どしたん朝から?」
「最高院さまと私の結婚の相談に決まっているではありませんか。何か策を講じていただけていたのではないのですか?」
「は?」
違和感。
「あー!バカシスター!生きてたー!会いたかったよー大丈夫だったー!?」
「ぐぇっ…今、大丈夫じゃない…。」
教室の扉から元気よく飛びついてくる赤色。何を隠そう茜崎です。
「ねぇねぇ!話してないこともいっぱいあるんだよ!?今日の作戦会議はどうしよっかー!?」
「ん?」
違和感。
「あの、茜崎さん?今は私が話しているのですけれど…。」
「あー!あなたが蒼真先輩!我がバカブラザー友崎くんから色々聞いてるよ!初めましてぇ!」
「えっと、その…。」
ラブコメ脳みそガール二人の邂逅。戸惑う志摩。
その隙に始業前にもかかわらず、ぬるりと教室から離れる人影。
「まてや友崎さんよォ。」
離れられない人影。
「お前、『恋愛相談はやめる』って言ってなかったか?お?」
志摩的には、別に恋愛相談そのものは問題ではありません。
なにせ喜んで請け負った側ですから。
しかしそれはそれ。無くなるはずだった仕事がいざ来てみたら「やってません」「なくなってません」と言われたら、腹は立つものです。
それに危険を回避したいのは志摩だって同じですから、少なからず「これ以上あのサイコウインとかいう発光体と関わりたくない」という気持ちもありました。
ましてや今は美鳥お姉ちゃんという新たな危機が迫る状況。クラスのど真ん中でもみくちゃにされたり着せ替え人形にされたらそれこそ死ねます。
結論から言うと、いろいろ追い詰められすぎて志摩はだいぶキレていました。
そんな志摩に対し。
友崎は言いました。
「…お願いされたら、断れないもんだよねっ…!」
てへぺろ。
志摩が何か言おうとしましたが、
さらにそれより早く。
それより大きく。
「だから…お願いします!美鳥さん!」
友崎は叫んだ。
──あいあいさー、任せておきたまえ!未来の弟よ!
クールなイケボが鼓膜を揺らす。
緑のローポニ視界に揺れる。
「神の両手がゼブラに染める…!yaー…!」
「なんすかそのラップもど…ぎゃああああ!!!!」
「久しぶりだなゼブラちゃんよ!さぁ親愛のわしゃわしゃと行こうじゃないか!マフラーなんかで中に隠してないで、君のゼブラカラーでみんなをメロメロにしてしまおう!」
「やめろやめてあっすいません退いてください!ちょってめぇ今日から教師なんだろ!バカやってねぇで自己紹介くらいしろや!」
「今日から教師っ…!あぁいいね!君もリリックというのを分かっているじゃないかい!」
「リリックだかホリックだかも分かんねぇよ!」
「今の君への感情がholicさ!」
「意味を言えよ!!」
どたどたと教室内を走り回るTS少女と緑髪の教師。
もっとも教師の威厳らしきものはありませんが。
今この光景はどちらかというと動物園とかサバンナですが。
鐘が鳴り、朝礼の時間。
志摩の黒髪と、隠されていたインナーカラーの白髪がごちゃごちゃになるほど撫で繰り回され、もはやシマウマと言うより牛のようになったところで。
衝撃的な登場で注目を集めた緑髪の教師は、教壇に立ち、黒板に三文字のでかいローマ字をスタイリッシュに書くと。
そのローマ字に「クールティーチャー美鳥」とルビを振り、キメ顔で言いました。
「初めまして子猫ちゃんたち。今日からこの教室の担任になる──────────美鳥お姉さまだ!!」
夢女子が沸きそうな、どこからどう見ても”王子様”な顔つき。
低く、それでいて芯のあるクールなイケボ。
そして締めには「よろしくね」と流しウインク。
さっきまでの空気が嘘のように黄色い悲鳴が沸き立ち、興奮しすぎたクラスメイトはバタバタと倒れます。
その人々を瞬時に魅了する光景に、友崎は確信しました。
「これがあれば、今の”最高院”狂いの学校はどうにかできるはずだぜ…志摩…!」
…もちろん、美鳥の小脇に抱えられて今なおわしゃわしゃされている志摩には、そんな声は届いておりませんでしたが。
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