第4話 悪魔契約

「さて……」

「着いたな。」

4人は今朝の出来事を回想した。

『ここの街に悪魔契約者が潜伏してるって情報が入ったの。

生死は問わないそうだよ。煮るなり焼くなり、ってとこだね。』

『なあ…その悪魔契約者ってのはなんなんだ?』

エヴァの問いに、即座にマナは返す。

『まず悪魔っていうのがこの世界にはいる訳。貴方が一昨日倒した奴のことね。

周囲の魔力をくらい、成長する怪物。危険なものだと国家をも滅ぼしかねない。

そんな悪魔と、魔力の提供を条件に主従関係を結んだものを悪魔契約者って言うの。』

『へえ…』

『悪魔と契約できるほどの魔力を持つ人間となると…上級の悪魔3体分にも匹敵する。』

『なるほど、そりゃ危険だな。で、敵は何人いる?』

『聞いた話だと…3人。もっといる可能性もある。』

『よし、行こう。』

『決断が早くないか?』

ハンクが呆れた様子で言う。

『いやまあ…アタシにもやりたい事ってのがある訳よ。』

エヴァは若干気まずそうに頭を掻いた。


あの仕草の真意はなんだったのだろう、とマナは疑問に思いつつ、街の中に入って行った。

一眼見ただけでは果てまで見渡せないくらいにはそこそこな広さを持ち、中央には時計塔が立っている。かつて田舎で暮らしていた時代、マナが都会と聞いて思い描いていた街そのものであった。

「なあばーちゃーん。こんな感じの顔のやつ見なかった?」

エッジは門からさほど離れていない場所に位置する八百屋の店主に、手に持った似顔絵を見せた。

「わからないねえ…」

「そっかそっかー…取り敢えずなんか食わせ…」

ハンクに首を掴まれ、強制的にエッジは戻される。

「な.に.を!してるんだ貴様は!」

「いーじゃねーのこういう時はコミュ力だよこの野郎!あ、お前コミュ力ねーから僻んでんのな?」

「んだとごらああああ!」

「じゃあいつものやるかおい!」

「やったるわボケェ!100発殴り合いチャレンジ…」

エヴァに後頭部を殴られ、2人はその場に倒れる。

「なるほど…こいつらはそういう関係か。引き離したほうがいいな。エッジとアタシはあっち。お前とハンクはこっちな。」

「ええ?!地獄の空気だよ?!」

マナは彼女の服を掴む。

「いーのいーの。陰キャがイキれるのは陰キャだけだから流暢に話せるぜ。」

「サラッと陰キャって罵倒したなテメェ。」

「そんじゃそう言うことでー。」

エヴァはエッジを引きずりながら去っていった。

「あ!……もう。起きてくだ…さい!」

マナは手に持っていた杖でハンクを殴る。

「グヒン!」

謎の鳴き声をハンクは上げた。


「…で、何処に行くんだ?」

意識を取り戻したエッジがエヴァに質問する。

「こーいうのはなあ…裏側の方が聞き取りやすいんだよ。」

エヴァは路地裏を指差した。

「あー…なるほど。確かにこっちのが情報握ってそうだな。分担して聞きに行くか?」

「いや…女1人に強そうな男1人という方が圧をかけやすい。」

「りょーかい。」

エヴァは路地裏にいる男に話しかける。

「なあそこの兄さんよ、少し聞きてえことがある。」

「いくらだ?」

「まず聞いてからにしろ。こいつを知ってるか?」

「知ってるよ。」

「マジか。」

「1000ゼリスよこしな。」

「しまった…幾らくらいだそれ…?」

「たっけえなおっさん。もっと安くしろよ。」

エッジが悪態をつく。

「じゃあ500。これ以上はまけない。」

男は右手のひらを出す。金を受け取る形である。

「はあ…ほらよ。」

エッジは札を一枚手渡した。

「で…どうなんだ?」

「その男だったら…さっきあの時計塔に行くのが見えた。」

「なるほど…助かった。」

エヴァ達はその場から立ち去る。

「1人だけだと心もとねえ。他にも

聞いて回るぞ。」

「えー?金あっかなー…」

エッジは財布をまじまじと見つめた。


「うっほおおおおおお!ガブリエルまじで美人…うへへへへ…」

ハンクは女神の像にしがみついた。

「え?!ち、ちょっと…他の人達が見てますよ…」

「見れば良いさ!きっと女神の素晴らしさを分かっている!」

「その素晴らしい女神を昨日破壊したんですけどね…」

「…てくれるもん。」

「え?」

「神は許してくれるもん!ねーーー!?」

「ええ…」

「大体私はまだあの女を聖女と認めたわけじゃあないぞ?!」

「はあ…」

誤解していた。この男は聖職者である以前に、とんでもない女神フェチだ。

「なんでこんな貧乳がいいんだか…」

マナがボソリと呟いた言葉に、ハンクは即座に反応する。

「世の中の男が!巨乳ばかり愛していると!思うなよおおおおお!!」

彼の迫真の叫びに、どういう訳か歓声が上がった。

「ああ…うん…もう良いや。」

マナは捜査の進展を若干諦めかけていた。

「さて…捜査を始めるぞ!こい!新人!」

ハンクは突然立ち上がると、先ほどとは打って変わって、彼女を先導し始めた。

「はあああああああ…?!マジでなんなの…マジでぇ!」

マナは女神像をめいいっぱい殴った。


「……やはりどこで聞いてもよく分からないな。」

大広間で、エヴァとエッジの2人は話し合っていた。

「やっぱ時計塔なんじゃねーの?」

「いや、おかしい。あちこち聞き回ったのに、それぞれに目撃証言があるのはどういうことだ?一部の場所でそういう証言があるってのが普通だろ?つーかでなきゃ困る。」

「確かに…」

「こりゃあキナ臭え。何かあるぞ。」


「では貴様はここからここ!私はここからここだ!では!」

ハンクはマナに地図を手渡すと、ズカズカと歩いて行った。

「さて…聞いて回るか。」

マナは歩き始める。

その直後、彼女は時計塔の内部にまで移動していた。

「え?」

「あーあ。調べられたか。」

後ろに男の声が聞こえる。

「貴方が…!」

マナは咄嗟に振り返り杖を構える。

が、その先には誰もいなかった。

「いない…?いや、これは!」

突如、死角から顔面に向けて蹴りが襲う。マナは床に転がり、壁に叩きつけられた。

「ったく…困るんしょホントに。一応こっちにも計画ってもんがあんのよ。」

褐色で金髪の男。身長は185cmといったところだろうか。朦朧とする意識の中でも、その凄まじい魔力を感知できる。

「まあ良いっしょ。ここで潰しゃあ。」

男の背中から黒い影が滲み出る。

体はなんとか動くはずなのに、足がすくんで動けない。

どうすれば…どうすれば…どうすれば…!


「……つけているな、貴様。」

ハンクは後ろを振り返る。

「バレちゃったかい?そりゃあ残念だね。」

紫髪の女は剣を取り出すと、隣の男の首を突如切断した。

「な…?!」

周囲の悲鳴が伝播していく。

「さあさあさあさあ…!やろうか!!!!」

剣に黒い影が纏われる。

光號十字剣ブライト.ライト.サンクチュアリ!」

ハンクは振るわれた剣を、十字架の光輝く剣で受け止めた。

「なあにその顔?1人くらい殺しても良いじゃん?ねえ!」

女は剣を押し出し、ハンクとの間に距離を取る。

「よかろう…ならば神の名の下に…貴様を殺そう!」

両者の剣がぶつかり合った。


「…何か嫌な予感がする。あとは頼むぞ、エッジ。」

エヴァはエッジにそう言うと、人混みの中に紛れていった。

「はあ?!おい!……まずったな…」

エッジは頭を掻く。

そうして彼が下を向いたその瞬間、突如として壁が変形し、彼を部屋の中へと引き摺り込んだ。

「いって…なるほどな。合点がいった。さっきから捜査に応じてたのは全部アンタだったんだな。」

「せーかいだぜ相棒!『化ける』のが俺の契約悪魔の能力だからな!」

黒髪の男が1人、部屋の中に立っていた。

「あー…なるほど。まあだが…正直クッソ笑えるぜ?俺たちを追っかけて息はあはあさせて、せっせこ俺たちの捜査に応じてたって思うと。」

「勝手に言っとけ。俺はお前らに金もらえて儲けモンだよ。」

男はエッジを挑発する。

「あっそ。どーでも良いわ。返してもらうから。」

「やってみろよばーーーか!」

エッジは刀を即座に取り出すと、男に向けて勢いよく投げた。

男は肉を変化させると、投げられた刀を受け止める。

「遅せえ!」

男は自身の変化させた肉を、そのままエッジへとぶつける。

「チィ!」

エッジは下に伏せ、それを回避した。

家の壁が破壊され、瓦礫が町人へと降り注ぐ。

だが、その隙を見計らい、エッジは既に男の懐へと潜り込んでいた。

彼は床に両手をつくと、下から突き上げる形で男の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。

上空へと打ち上げられた男を、家を伝いながらエッジは追う。

「痛ってえええええ…!効いた効いた…訳ねえわボケェ!」

男は身体中から肉を出し、町に降り注がせる。

「てめ…うお!」

巻き上がった砂埃に、思わずエッジは目を瞑った。

視界が晴れた頃には、男は彼の視界に入っていなかった。

「クッソ…!一般人に紛れられたか。」

エッジは町人から町人へと視線を移す。

「………」

1人の町人の方へ走ると、彼は勢いよく蹴りを喰らわせた。

「ぐぁぁぁ!」

見た目と声が合っていない、確実にこいつだ。

起き上がった町人だったものは、紛れもなくその男だった。

「てんめ…なんでわかった?」

「勘。」

「ギャハハハ!それでも魔導士かお前!名前は?」

「エッジ.アルトベリオ。」

「俺はガンド.エストニック。」

両者の魔法は、再びぶつかり合いを始めた。


「マナ…!無事でいてくれ。」

エヴァは時計塔の中へと走る。

「あーあーあ。マジ萎えるっしょ。ただ殺すのも嫌だしなあ…そうだ。100発殴って声出さなかったら逃してやる……しょお!」

男はマナを勢いよく殴りつけた。

「……!」

彼女は一切声を漏らさなかった。

男に従ったわけではない。なんとか反撃の隙を見計らっているだけだ。それまで耐えなきゃいけない。

男の殴打は尚も続く。

「……!」

遠くに転がった杖に手を伸ばす。反撃するなら今だ。

だが、伸ばした腕は、男の右足にあっさり止められた。

「あっ…」

「ダメっしょこういうことしちゃー…さあ!」

マナの右腕が折られる。

「あああああ!」

あまりの痛みに声すらあげられない。

そんな彼女を、男は容赦なく殴りつける。

「まーいいや。ここで殺しちゃうっしょ。」

男の黒い影は、彼女を包み込むように襲う。

どうすれば…どうすれば…どうすれば……

ああ、この感覚は覚えている。

買い物に行けと言われて、途中で近所の同い年に絡まれ、金から何まで全部取られてしまった。でも、親は信じてくれなかった。

村の閉鎖感とか、そんなものを除いても、多分私の両親は何かがおかしかったんだろう。

口にするのは誰かも悪口。そのくせ自分が恥をかくのは気に入らないようで、すぐに私に暴力を振るう。

その時だって、散々打たれた末に外に放り出された。その日、誰も助けに来てくれなくて、ずっと1人だった。

このまま1人で死ぬなかなあ、アタシ。マナはひっそりと目を瞑った。



「おい。」

女の声がする。

「あ?」

男が振り返った瞬間、エヴァの打撃が彼の顔面を捉えた。

吹き飛ばされた彼は、時計塔の壁をそのまま突き破った。

「へへ…ごめんね…エヴァ…アタシ…何もできなかった…」

「良いよ。任せとけ。あとはアタシがやる。」

エヴァは腰についた銃を取り出し、弾を男に向けて射出した。

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