第3話 自己紹介?

「こ、これは…流石に…」

マナはピクピクと眉間を揺らす。

ボロボロの屋敷だった。これを幽霊屋敷と銘打って宣伝でもされれば、震え上がるほどには。

「アタシが希望したんだよ。こーいう少数の方がやりやすいってさ。」

エヴァは屋敷の戸を開く。

戸を開けた先には、1人の神父がいた。

神父は、玄関口の神の像に祈りを捧げていた所から立ち上がり、2人の方へ勢いよく振り向いた。

「ああ!聖女が!今聖女が来たというのか!素晴らしい!ふははは素晴らしい!ぐはははははひふへへへへ!」

だが、2人を目にした途端、神父の表情は突如強張り始める。

「ん…?聖女はどちらへ…」

「こちらです。」

マナはエヴァを指差す。

「………」

「………」

「なんか違う!思ってたんと違う!聖なる処女はどこへ!?」

親父はとてつもない速度でヘッドバンドを始める。

「あたしゃ経験済みだ馬鹿野郎!」

「うわあああああ!」

エヴァの言い放った一言をかき消すように、神父は勢いよく神の像を拳で破壊した。

「もうやだ…神なんていない…」

彼はシクシクと涙を流しながら、地面に顔をつけていた。

「信仰心が脆すぎる…」

マナは彼から一歩距離を取った。

「ん?」

エヴァは何やら視線を感じ、振り返る。物陰から、小柄な人影がこちらをのぞいている。

「おい!誰だ。見たところガキだな?」

エヴァは叫ぶ。

「誰がガキじゃゴラァ!こちとらもう13ですぅ!」

「ガキやん…」

物陰から顔を出した金髪の少年は、ズカズカと2人に詰め寄った。

「じゃあ13がガキな理由を教えてくださーい!」

嫌味ったらしい口調で少年は言う。

「未成年、精通したて、チビ、声が高い。

あとそうやってムキになるところ。」

「………」

『論破されたああああ!早い!幾ら何でも早すぎる!』

マナは必死で笑いを堪える。その時だった。エヴァの表情が険しいものへと変わり、マナを突き飛ばした。

倒れかかった彼女の目と鼻の先を、ノコギリが通り過ぎた。次の瞬間、囚人服の男が着地し、エヴァに襲いかかる。

男の攻撃をエヴァはガードする。

「なんだ?ノコギリ持ってきて何がしてえ?

修繕するならこの屋敷にしろよ。」

男はケタケタと笑いながら言う。

「あんたが聖女か?!そうだよなあ?!解体させろ!解体!」

「やなこった!」

エヴァは男の腹部を蹴り上げ、屋敷の外へと吹き飛ばした。

「痛ったあ…強えなあ…最高だぜ…殺し甲斐がありそう…」

「だからやらねぇって!……これ以上はこなさそうだな。」

「やあやあ君らが新入りかい?」

白い白衣に身を包んだ女が階段ごしに彼らに話しかける。

「あんたは?」

「魔導兵団『ブラッドアクス』団長.ハンナ.バベッジ。よろしく、ね。」

突如彼女は2人の目の前に迫り、握手を求めた。

『いつのまに…全く動きが見えなかった。』

「…よろしく。あんたがいるからこそここは成り立ってるって感じだな。」

冷や汗を垂らしながら、エヴァは彼女の手を握った。

「そーだよマジでー。問題児ばっかでなんもやってくんないんだもん!」

「「「アンタが言うな!」」」

団員の一同は一斉にハンナに突っ込みを入れる。

「うえーんみんなそう言うこと言っちゃうんだー!私だって一応仕事してるのにー!」

わざとらしい泣き真似をハンナはする。

「朝から晩まで寝るのが仕事なんですか?」

少年は軽蔑した目つきで彼女をみる。

「この前も私に書類整理を押し付けただろうが。」

ハンクは破壊した像を修繕しつつ愚痴を吐く。

「討伐仕事やってんの8割俺だかんな!まあ良いけどさ。」

囚人服の男はハンナに詰め寄る。

「まあまあ、取り敢えずそれぞれ自己紹介って事で会議室まで。」

ハンナは奥にひっそりと隠れている扉を指差す。

「げっ!会議室?!」

神父の男は明らかに顔を顰める。

「あの埃だらけの…」

少年はため息混じりに言う。

「目が痛くてたまらねえよあそこ…」

囚人服の男は頭を掻きむしった。

各々が愚痴をこぼしつつ、一行は会議室まで足を運んだ。


「王よ…派遣させた団は問題だらけの団と聞きますが……本当に大丈夫で…」

「え?そんなわけ無いでしょ。」

「?!」

ルイの言葉に執事は仰天する。

「まああれだ、そっちのが面白いから良いじゃん。って言うかあの聖女がまともな団でやってけるとは思えないし。」

「それもそうでしょうな。」

執事は無理矢理納得した。


連れてこられた部屋は、言われた通り埃だらけだった。

ゴホゴホと、一同の席が絶えず鳴り続けている。

「ハンク.ハインツヘルムだ。」

神父は不機嫌そうに名乗る。

「アーサーです。よろしく。」

少年は淡白にそれだけを言うと、席に再び腰を下ろした。

「エッジ.アルトベリオ。よろしく頼むぜ。」

囚人服の男は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、席から立つ事もせずに自己紹介を行った。

「えっと…マナ.マクドレアです。よろしくお願いします。」

おどおどした様子でマナは席に座る。

コミュ障はそう簡単に治らないらしい。

「エヴァ.メーリアン。まあよろしくな。」

感情がこもっていないわけではないが、彼女の口調には、どういう訳か覇気がなかった。

「さて…改めて…アタシはハンナ.バベッジ。この団の団長ね。」

「副団長はいねえのか?」

エヴァの問いかけに、ハンナは気まずそうに言う。

「あー…彼は今腹を壊し…」

「壊してねえわ!」

突然扉を蹴破り、1人の男が会議室に足を踏み入れた。

「はあ…はあ……クッソ…寝坊した…」

「あ、ランドくんおはよー。」

「なんで起こしてくれなかったんですかあ…いっつも仕事してるじゃないですか俺…」

「はいはい、取り敢えず席について。」

エヴァは困惑していた。この男の風貌に誰も違和感を感じていないのだ。マナでさえも。

2.5mはあるであろう巨大、鱗がびっしり生えた爬虫類のような肌。どう考えても彼女の知る『人間』ではなかった。

「な、なあ…なんでこいつはトカゲなんだ?」

周囲に沈黙が走る。

何かまずいことでも口走ってしまったのだろうか。

「おいおい…差別か?亜人の差別は…」

男がエヴァに詰め寄ろうとしたところで、ハンナはポン、と手を叩いた。

「あ!そうだそうだ!聖女って別世界から来たんだっけか!えっとね…彼は竜人ドラゴニュートって言ってね。ドラゴンと人のハーフの種族なの。この世界には亜人って言って、多くの種類の人が暮らしてる。

その中で私たちは純人間って言われてて、1番多い人種。

ランド君はすごいんだよー。色んな仕事やってくれるの。」

「8割俺とエッジが受け持ってるんですがね!」

ランドは険しい表情でハンナを睨みつける。

彼女は口笛を吐きながら、部屋の隅に飾られた絵へと必死で視線を逸らす。

「で…これで全員なのか?」

「うん。」

ハンナはあっけらかんとした様子で答える。

「ああ、じゃあ自己紹介か。

俺はランド.エストリール。自分で言っちゃなんだがここ唯一の常識人だ。ここ唯一の!」

何故か強調して主張した事はさておき、常識人であることに間違いは無さそうである。

「うーん…なるほどな。で、聞いて良いか?

お前ら一応魔能力使えるんだよな?」

「うん。」

「教えてもらって良いか?」

「うーん…やだ。」

「はあ?!」

ハンナの予想外の返しに、エヴァは顔を強張らせた。

「うーん…ここの連中殺気だってるからさあ…そういう事したら直ぐに戦闘始めちゃうんだよね…」

「ええ…なんつー血生臭…」

突如エヴァは会議室から吹き飛ばされた。

「え?!エヴァ!」

マナは突き破られた壁から彼女の名前を呼ぶ。

「ひゃーっはっはっは!魔能力なんて俺との戦いで教えてやるぜ!」

エッジはエヴァに声高らかに言い放った。

「こいつは随分やばいとこに来ちまったな…まあ仕方ねえ!アタシも魔能力を…」

「あっ…それは…」

マナは口をつぐんだ。

「あ?なんだその反応。」

「あのね…聖女は魔能力を持たないの。」

「はえ?」

「先手必勝ぉ!」

エヴァは顔面を殴られ、後方にバランスを崩す。

「痛っ…てえなこの野郎!」

すかさずエッジの鳩尾に蹴りを入れる。

「ぐぇ…!やるじゃねえの…」

腹を押さえながらエッジは起き上がる。

「おい!魔能力使えねえってどういう事だ?!」

「王宮の人から聞いてなかったわけ?」

「後々聞きゃいいからって保留にしてたんだよ!」

「はあ…聖女って言うのは、元の世界から召喚される時に所持していた物を魔道具として使用できるの!

その名前は転生器オーパーツ!取り敢えず手元にあるものを何か使って!」

エヴァは咄嗟に、腰にある銃を手に取った。

「おっと…当てさせねえよ?」

エッジは上へと飛び上がり、銃の射線を回避しつつ、その勢いのまま、エヴァへとナタを振り翳した。

エヴァは咄嗟にナタをかわし、腰についたナイフを取り出す。

「うお?!」

エッジは空中でその刃を受けとめ、着地する。

「……」

「……」

両者は少しの睨み合いの後、同時に切り掛かった。

まず最初に仕掛けたのはやはりエッジ。

右斜め上にノコギリを振り上げる。

エヴァは下にしゃがんでそれを回避すると、そこから突き上げるようにナイフを振る。

ナイフのなぞった先に衝撃波が走り、エッジの服に傷がついた。

エヴァはまるで来いというように、彼を挑発する。

それを見て仕舞えば、彼は回避の姿勢など最早とらない。

行うのは突進のみ。

突然至近距離に迫られても、彼女は戸惑う事はなかった。ノコギリ、ナタ、ロングソード、槍…エッジの武器は臨機応変に切り替わっていく。その攻撃を、彼女は全てナイフ一本で受け止めていた。

「え?どうなってんの?全く見えないんだけど…」

「へぇ…彼女、転生器の性能をほとんど使ってないね。」

「え?」

ハンナの言葉にマナは眉を顰める。

アレほどの動きを見せたのに、ほとんど使っていない?

「使いこなせていない能力を使ってもダメだってわかってるんだろうね。よく戦闘経験が詰まれている…だからこそだね。次の一撃が効く。」

「へ?」

斬り合いの中、エッジの死角に潜んでいたもの……

それは、先ほど構えた銃口だった。

0.4秒後、彼はその存在を目で捉える。

だが、最早遅い。

銃の引き金は引かれ、彼を消し炭に……

「あー!降参降参!参ったよ!」

エッジは武器を放り投げ、両手を上に上げた。

「はあ…疲れた。」

「ったく…本気出してねえだろアンタ。」

「お前もな。」

両者は互いに握手した。

「え?なんで仲良くなってるの?」

「昨日の敵は今日の友…って奴かな?」

ハンナはそう呟くと、その場を後にした。

「はあ…修繕費いくらかかると思ってるんだ…」

ランドは1人頭を抱えている。

「私は認めんからな…こいつを聖女など…絶対に認めんぞ…」

ハンクは指を咥えながらブツブツ何かを言っている。

「僕は帰りまーす…」

アーサーはそそくさと自身の部屋に戻って行った。


「さて…共有ベッドか。」

「個室が無いからって共有かあ…」

「んだよ?恥ずいのかおいおーい…」

エヴァはマナの首に腕を絡める。

「ち、ちょっとやめてよ!違うって!」

「照れんなってホラホラー…」

エヴァはマナの脇をくすぐる。

「あーっ!ダメだって!あー!待って!あーーーーー!」


次の日、両者の目の下にはくまが出来ていた。

「……馬鹿なのか?」

呆れ顔でランドが言い放った言葉に、2人は何も返せなかった。

「取り敢えず席に着きな、飯だ。」

「おおおおおお!」

卓上に並べられた料理に、2人は感心した。

どうやらランドが作ったらしい。

「そんなに感心されても困る。」

ランドは照れを隠すように、窓を眺めながら呟く。

「ランドさん、こういう時にカッコつける癖やめません?」

アーサーは呆れ顔で言う。

「おー!美味しそー!」

ハンナは飛び跳ねるように喜んだ。

「料理だけは一級品だな、ここは。」

ハンクは嫌味のように言う。

「取り敢えずパンは全部俺のもので良いんだな?」

エッジはテーブルに並べられたパンに手を伸ばすが、ハンナによって阻まれてしまった。

一同が円卓に揃い、食事が始まった。

「あ、そうだ。マナちゃん、エヴァちゃん、それとエッジくんにハンクくん。君たち仕事だから。」

「「「「はい?」」」」

食事の手は突如止まった。

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