39. ヘメト防衛戦

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

◇◆◇◆ラズ


「おい! 不気味な化け物が空を飛んでこっちに来ているぞ!」


「門を閉じろ! 衛兵を集めて壁の上で迎撃するんだ! 一般市民は避難所へ向かえ!」


 その化け物たちは街の北東方面から飛んできた。

 背中には虫の羽が生え、体が甲殻で覆われた薄気味悪い獣たちだ。

 それが遠方から飛来しようとしている。


 おそらく、あれはアイオライトさんが倒しに行ったデーモンの眷属だろう。

 ひょっとしてアイオライトさんが負けた?

 そんな嫌な予感が胸をよぎるが、そんなことをいま考えている余裕はない。

 一刻も早くあのモンスターの群れに対処する方針を決めないと。


「どうする、ラズ。幸い、俺たちは街の中にいたからなんとかなるが、街の外にいる冒険者どもはヤバいぜ」


 私に訓練をつけてくれているジルコットさんが現状を教えてくれる。

 確かに門が閉じられてしまえば街に入ることができなくなる。

 だからといって私たちが助けに行くことも無理だろう。

 私はアイオライトさんじゃないんだ。


「よし、最低限の自覚はあるようだな。そうだ、お前はアイオライトじゃない。あいつみたいな上等な装備は持っていないし、強力な魔法の品だってない。もちろん、優秀なテイムモンスターもいない。それを頭に入れた上で、この先なにをするか考えろ」


 この先なにをするかか。

 私はまだEランク冒険者だから避難所に入れてもらうこともできるだろう。

 正直、Eランク冒険者程度では足手まといになる可能性だってある。

 それでも、私はこの街を守るために戦いたい!


「私、戦います。もちろん、無理のない範囲でですけど」


「よく言った。お前は俺の援護に付け。スピネルは……」


「ブヒヒン!」


「やる気のようだな。無茶はするなよ」


 私たちは衛兵隊に協力を申し入れ、街の一角を守ることとなった。

 街壁の上で迎撃に当たるのは強力な魔法を使える冒険者のみらしい。

 空を飛んでいる相手が敵な以上、妥当な選択だと思う。

 私だってそうするもの。


「やっこさんたち、おいでになったようだな」


「数は……50ぐらいでしょうか?」


「そうだな。想像以上に数が少ない。これはアイオライトが負けたんじゃなく、デーモンの相手をしている間に逃げ出されて倒しきれなかった連中だろう」


「じゃあ、アイオライトさんは負けていないんですね!」


「おそらくは勝っただろうな。あいつらの動きに乱れがある。デーモンに統率されているにしては妙だ。すでに支配者であるデーモンはいないと踏んだ方がいいだろう」


 やっぱり、アイオライトさんは勝っていたんだ!

 そうなると、私たちの目標も変わってくる。

 あいつらをすべて撃退するか、アイオライトさんが戻ってくるまで耐えるかだ。

 アイオライトさんの向かったという山脈まで相当な距離があるけど、アレクならそこまで時間をかけずに戻ってくるだろう。

 そうなると、無理をせずに生き残る戦いが重要になってくる。

 戦い方を考えないと。


「やつら、やっぱり魔法に対する耐性はそれなりのようだな」


「はい。でも、次々と撃ち落とされています。市街地の方まで侵入してきていますが……」


「それは仕方がないだろうな。倒しきれなかった上に、相手はかなり高い場所を飛んでいる。勢いそのまま前に落ちれば壁の中だ」


「ですね。私たちも移動しますか?」


「いや、待機だ。ここを防衛する」


 え、なぜだろう?

 打って出た方が早そうなのに。

 理由を聞いてみると解りやすい答えが返ってきた。


 この道を通り抜けられると避難所のひとつに到達される恐れがあるのだ。

 そうなっては意味がない。

 ほかの場所の増援に行けないのは悔しいけど、私たちはここを死守すべきみたい。


 襲撃されるのを待つという、ジリジリひりつく感覚と戦いながら待つこと数分、最初のモンスターが姿を見せた。


「ギャガァァァァ!」


 その背の羽を貫かれ、地を歩くしかできなくなったモンスターだ。

 でも、鋭い鉤爪を持った足が6本生えており、油断したら一発で首を切り裂かれるだろう。

 なんとも恐ろしい相手だけど、怯んではいられない!


「ラズ。こちらから距離を詰めるわけにもいかない。俺が魔法で一当てするから様子を見るぞ。それで俺の方に走ってきてくれれば儲けものだ」


「え!? ジルコットさんって魔法が使えたんですか!?」


「初級魔法を1日数発だが使える。ここに来る分のモンスター相手なら十分に足りるだろ」


 ジルコットさんがニヤリと笑みを浮かべると、右手の指先に魔力の輝きが灯った。

 本当に魔法が使えたんだ。

 冒険者は奥の手を仲間にすら隠すと聞いてことがあるけど本当だったんだ。


「それ、喰らえ!」


「ギジィ!?」


 ジルコットの放った魔力弾はモンスターの頭部に直撃した。

 それを受け、モンスターは怒り狂ったようにジルコットさんめがけて走り込んでくる。

 完全に私のことは捨て置かれているみたいだ。

 それならそれで都合がいい!


「でえぃ!」


 私はモンスターの背後に回り込み、急所となりそうな場所、羽のつけ根めがけて突きをくり出した。

 私の突きは狙った場所から少しずれた位置に当たったけど、それでもモンスターの体内奥深くに刺さり、モンスターは断末魔をあげて動けかなくなる。

 ひとまずこのモンスターは倒したみたい。


「よくやったな、ラズ。だが、念のため首も切り落としておけ。急に動き出されてもかなわないからな」


「はい。わかりました」


 私はモンスターの首をはね、道の脇にモンスターの死体をずらしておく。

 こうすることで、次のモンスターが来たときの足場を確保できるのだ。

 これもジルコットから習ったことのひとつである。

 アイオライトさんだと、モンスターの死体はすべて焼き払えるからこういう考えはなかったんだろうな。


「ラズ、お代わりだ」


「わかりました。まだ大丈夫ですよね?」


「当然だ。ラズも武器の耐久度に気を付けろ。罅が入り始めたら避難所へ逃げこめ」


 首を切り落としてみてわかったんだけど、このモンスターの甲殻はやはり硬い。

 私の武器ではそのうち罅が入ってしまうだろう。

 そうなった場合、私はお荷物になるので避難所まで逃げろという意味だ。

 悔しいけど、こればかりは仕方がない。

 大人しく、この判断に従おう。


 その後も何匹か襲ってきたモンスターを倒し、いよいよジルコットさんの魔力が尽きた。

 ここからは本当の意味でのガチンコ勝負だ。


 だけど、そんな状況を最悪の展開が待ち受けていた。

 前方から2匹、後方から1匹のモンスターに挟まれてしまったのだ。


 いままでは1匹ずつ相手をしていたので問題なかったが、今回は3匹同時に、それも挟み撃ちの状態で相手をしなくてはいけない。

 ちょっと困ったな……。


「ラズ、いけそうか?」


「どうでしょう? ちょっとまずいかも」


「この状況でも落ち着いているようでなによりだよ。後方の1匹、お前とスピネルだけで倒せそうか?」


「あまり自信がありませんけど、やるしかないですよね」


「そういうことだ。あいつらに食われたくなかったら、死ぬ気で倒してこい」


「はい!」


 私はスピネルとともに、背後から来ていたモンスターに襲いかかる。

 まずはスピネルが跳躍しての踏みつけを狙ったが、それはかわされてしまった。

 そこをすかさずモンスターの反撃がスピネルを狙ったが、私が盾でガードする。

 ただ、その一撃で盾に亀裂が入ってしまった。

 いままでも使い続けてきた盾とはいえ、これほど簡単に破壊されるとは、やはり強い。


 私の背後に隠れる形になっていたスピネルが、もう一度飛び出してモンスターを踏みつけようとする。

 今回はモンスターにかわされずに済み、スピネルがモンスターを押さえつける形になった。

 よし、これなら!


「せぇぃ!」


「グゲェ……」


 モンスターの首をはね飛ばし、スピネルがモンスターの体を何度も踏み潰してとどめをさした。

 これでこちらのモンスターは片付いた!

 あとは、前方にいる2匹……あ、ジルコットさん!?


「スピネル、急ぐよ!」


 ジルコットさんがこの短い時間の間にかなりの手傷を負っていた。

 鎧の上から殴りつけられたはずなのに、その部分からも出血しているということは、鎧を突き破るほどの切れ味があの足にはあるんだろう。

 ジルコットさんは魔法が使えても回復魔法は使えないみたい。

 左腕も力なく垂らしているし、かなり危険な状態だ。

 間に合うか!?


「やぁッ!」


「ギィ!?」


 私はジルコットさんを襲おうとしていたモンスターの背中を思いっきり切りつけた。

 だけど、ガキンという鈍い音がするだけで剣は通らない。

 なんて頑丈な甲殻なの!?


「ギィ!」


「きゃっ! あ、剣が!?」


 モンスターの反撃を受け止めた衝撃で剣が折れてしまった。

 これで私も攻撃手段を失ってしまったことになる。

 どうすれば……。


「ふう、どうやらぎりぎり間に合ったようだ」


「え?」


 鈴の鳴るような声がしたと思うと、目の前にいたモンスターが叩き潰されていた。

 そして、代わりに現れたのはアレクに乗ったアイオライトさんだ。

 どうやら戻ってきてくれたらしい。

 本当に助かった……。

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