36. 呪いを受けた場所の特定

 数日後、ボクは体力が回復して動けるようになったというティルトとその兄ゴルドカイゼルの家を訪ねる。

 今回の依頼、正確に言えばデーモン退治の依頼を行うにあたりいろいろと確認があるからだ。

 ティルトが完全回復するにはまだ数日かかるだろうし、その前に事前の情報共有は行っておきたい。

 上級デーモンなんて化け物の相手、普通の冒険者がすることじゃないからな。

 そこの認識をすりあわせておかないと実際に遭遇したときの覚悟が違うだろう。

 さて、この兄妹はどこまで知っているか。


 まずはゴルドカイゼルからティルトと最後に受注したクエストを説明してもらう。

 ゴルドカイゼルもそれを受け、前回の依頼についてできる限り話すということで説明してくれた。


「私たちが受けていたクエストは、この街から北東にある山岳地帯での霊草採取です。少々険しい山岳地帯であることに加え、霊草の生えている場所もモンスターの生息区域内であり高ランククエストとなっています」


「霊草探しか。初めて受けるクエストだったのか?」


「はい。クエスト自体はこの季節になると何回か出されるこの街の風物詩のようなものですが、私たちが依頼を受けたのは初めてです。普段は別の冒険者パーティがクエストを受けていました」


「別のパーティ?」


「ええ。このクエストを毎回受注している常連パーティですね。この街でも有名なパーティで成功率も高く信頼されているパーティでした」


「それなのに、今回はゴルドカイゼルたちが受けたのか?」


「そのパーティが前回の依頼を受けたあと消息不明になっているらしいんです。冒険者としてはパーティの壊滅くらい珍しくないですし、冒険者ギルドに顔を出さず別の街へ移ることも規制されていませんからどこかに行ったのかと噂されています」


 それを聞き、ボクはあごに手を当てて考え込む。

 確かにゴルドカイゼルの言う通り別の街に移動した可能性はあるが、毎年定期的に依頼を受けているなら一言くらい言づてがあってもいいだろう。

 もし、どこかでモンスターに挑んで返り討ちにあったのなら調べる方法はないが、クエストの成功率が高いパーティがそんな無謀な戦いを挑むとは考えにくい。

 そうすると、そのパーティは……。


「既にデーモンの支配下にある、か」


「え?」


「いや、なんでもない。続けてくれ」


「はい。私たちは霊草を採取し終えて帰る途中、豪雨に遭遇しそばにあった洞窟へ避難しました。ですがそこには先客、モンスターがいて不意打ちに遭い妹が怪我をしてしまったんです」


「怪我か。どの程度の怪我だったんだ?」


「少々深手でしたね。持っていたポーションですぐに治しましたが、ポーションがなければ帰ることも困難だったでしょう」


 ふむ、ここまでもおかしなところはないな。

 モンスターに襲われて傷を負う、冒険者ならずとも街の外で活動をしている者であればよくある話だ。

 ポーションの話が出てきたことも特におかしなことはない。

 ポーションも安い薬ではないがBランク冒険者ともなれば稼ぎが違う。

 薬をケチって命の危険に陥るより、金で安全を買っておくべきだろう。


 だがそうなると、デーモンの呪いを受けたのはどこだ?

 ボクの想定しているパラサイトインセクト・デーモンは普通のモンスターを媒介に呪いを広げることはできない。

 既に呪いを受け、デーモンの支配下にあるモンスターからのみである。

 通常、林などにいそうな蚊のような羽虫も無理だ。

 パラサイトインセクト・デーモンが直接呪いをかけない限り、その呪いの媒介手段は傷口などからによる侵入のみ。

 どこで呪いを受けた?

 だめだな、まだ判断するべき段階じゃない。

 追加でゴルドカイゼルから話を聞こう。


「モンスターの種類は? なにか特異な点はなかったか?」


「モンスターの種類はマウンテンベア、異常種だったわけではありません。数匹いましたが特に特筆すべき点のないマウンテンベアでした」


 Bランク冒険者のゴルドカイゼルが『特筆すべき点のない』と言い切っている以上、本当に特別な個体ではなかったのだろう。

 さすがにBランク冒険者ともなれば珍しいわけでもないモンスターの特徴は知っているはず。

 パラサイトインセクト・デーモンの呪いを受けているモンスターは、毛皮や体表の色が変化し虫の羽が生える。

 そこまでわかりやすい特徴を見逃すなんてあり得ないな。

 まだはなしを聞く必要があるか。


「そのあとはどうしたんだ?」


「雨がやまなかったので洞窟内で一泊しました。翌日には天候も落ち着いていたため、下山し街まで戻りました。もちろん途中でもモンスターとの戦闘はありましたが、異常種とは戦っていません」


「それで、街に帰ったあとティルトが動けなくなったのは何日後だ?」


「街に帰って3日後でした。最初は高熱だけで熱冷ましの薬を飲んでいれば落ち着いていたのですが、次第に症状が悪化し治癒魔法やポーションも効かなくなりました。アイオライト殿に依頼を出したのが発症してから10日目です」


 街に帰ってから3日か。

 そうなると、やはりこのクエスト中に呪いを受けていたと考えるのが自然だ。

 だが、どのタイミングでどうやって呪いを受けた?

 街まで帰ったあとの日数を考えれば、山にいる間と下山したあと帰る途中のどちらでも呪いを受けた可能性は考えられる。

 さて、見落としは……あ。


「ゴルドカイゼル、途中の飲み水はどうしていた?」


魔法の道具マジックアイテムの水筒を使っていました。これが一番かさばらず手軽に水分を取れるので」


「では、生水にティルトだけが触れた機会はあるか?」


「生水……ああ、マウンテンベアから傷を受けたあと、洞窟内の湧き水で傷口を洗いました」


 そこだな。

 パラサイトインセクト・デーモンの呪いは、呪いに汚染された土などを通すと水を媒介に広げることができる。

 雨水の段階では安全でも一度地面に落ちた水は危険になるのだ。

 湧き水であれば間違いなく汚染されている。

 魔法の道具マジックアイテムの水筒を使わなかったのが致命的だったな。

 しかし、これでデーモンの居場所はかなり絞り込めた。

 ティルトが快復し次第その山へと向かおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る