33. 冒険者生命
モールという男の一件があってからしばらく経った。
あのあと、ラズはワットとガウンに何回か誘われてモンスター討伐に行っている。
そこまで世話を焼く理由はあるのかふたりに聞いてみたが、「かわいい後輩に少しはかっこつけさせろ」と言うことだそうだ。
ラズを引っかけようという意思はなく、ボクをついでに引っ張ろうという意思もない。
単純にラズを鍛えてくれているようなので助かるな。
ラズが習った内容は後日ボクも聞き、基礎ができているかと誤った内容を教わっていないかを確認している。
いまのところ、大きな問題はないのであのふたりはそれなりに優秀な冒険者だということだ。
あのふたりにラズを預けることが多くなり、ボクは自由時間が増えた。
かといってボクができることなどたかがしれている。
モンスターシープとアタックホース、スレイプニルしか連れていないボクでは受けられる仕事に限りがあるからだ。
なので、今日はアタックホースのスピネルを鍛えることにした。
場所は普段冒険者が踏み込まない草原地帯。
こちら側の草原にはなぜか薬草の類いが生えず、モンスターも少ないらしいのだ。
つまり、冒険者にとってはうまみのない地域、人の目を気にせず鍛えるにはうってつけの場所である。
ラズたちが帰ってくる時間も大体わかっているし、それにあわせて帰ってくることにしよう。
「……本当になにもない草原だな」
『ああ。これだけ魔素の薄い場所は滅多にない。調査するか?』
ボクのつぶやきを聞いたアレクが、この草原に起きている異変を調査するか確認してくる。
この草原は魔素、つまり魔力が極端に少ないのだ。
魔力の少ない場所ではモンスターはもちろん草木もあまり育たない。
原因の想像はしていたがやはりこれか。
「いや、魔素が薄い理由の調査はしないでおこう。テイマーギルドには報告しておくがそれだけだ。ボクたちが積極的に関わり合うことでもない」
『わかった。それで、今日はスピネルを鍛えるのだったな。具体的にはどうする?』
「これだけ魔素が薄いと瞬発力の強化は厳しいだろう。魔素の薄さを逆手にとって持久力の強化かな」
『わかった。俺はなにをすればいい?』
「スピネルはランプたちに追いかけさせる。ボクたちはスピネルに併走して魔力を注ぎ込もう」
ボクの提案にアレクも反対することはなく、今日の予定は決まった。
『スパルタな主人だ。まあ、持久力を鍛えるにはちょうどいいし、いざという時に走れなくなるのは馬として情けないことこの上ないからやる気も出るだろう』
「そうだと嬉しいが。スピネル、ボクたちの話を聞いていたか?」
「ブヒヒィン!」
「理解はできたようだね。ランプ、ロイン、オファール! スピネルを追いかけろ!」
「メェー」
ボクの号令でスピネルが走り出すとそのあとを追ってランプたちが駆け出していく。
ほぼ全力疾走だけど大丈夫だろうか?
ボクたちもスピネルと併走しよう。
ボクたちがスピネルに出した課題は長時間走り続けること。
スピネルもモンスターホースの一種であるアタックホースなだけはありスタミナがある。
それでも、長時間の全力疾走はこたえるらしく、だんだんとスピードが落ちてきた。
そこにすかさずボクが回復魔法とかけて体力を回復させる。
それをひたすら続けることで長時間走ることができる体にしていくのだ。
ヒト族相手にこれをやれば3日は動けなくなる内容だが、モンスターホースなら一晩で回復する。
基礎体力と回復力の違いを利用したハードトレーニングだな。
適宜休憩を挟み、訓練は数時間にわたって続けられた。
今日一日でもだいぶ鍛えられたことだろう。
あとは宿の厩舎に戻り、栄養満点の食事を与えて休ませるだけだな。
『危ない! アイオライト!』
「ん?」
アレクから降り、スピネルの様子を見ていたボクに対し、アレクが注意の言葉を投げかけてきた。
それと同時に正面から炎の矢が飛んでくる。
これは……もう間に合わない!
「ぐっ!?」
『アイオライト!?』
「平気だ。少々痛かったが、所詮は初級魔法の域。たいしたダメージは受けない」
『わかった。俺はどうすればいい?』
「スピネルを連れて離れていてくれ。ボクに魔法を仕掛けてきたやつはボクとランプたちでなんとかする」
『わかった。気を付けろよ』
アレクとスピネルがこの場から離れることを確認し、ボクは先ほど炎の矢が飛んできた方向を見る。
そこは林になっていたが、その木々の影からひとりの男が姿を現した。
こいつは、確かモールとか言う冒険者だ。
一体なんの真似だろう?
「チッ! 死ななかったか、金の亡者が!」
「君にそんなことを言われる筋合いはないな。それよりもなんの真似だい?」
ボクが問いかけると、まったく焦っていないボクの態度が気に食わなかったのかモールが憤慨しながら怒鳴りつけてくる。
まったく騒々しい。
「お前の薬が効かなかったせいで、俺の腕は動かなくなったんだぞ! どう責任を取ってくれる!」
「薬が効かなかった? ……ああ、傷口をしっかり洗わないか清潔な布を使わなかったか、あるいは傷口を頻繁に動かして傷の治りを妨げたんだろう。あれはあくまで化膿止め、怪我の回復を早める効能はないからね」
「黙れ! お前のせいで俺の右腕は動かなくなったんだ!」
「ボクのせいと言われてもね。怪我を負っているならある程度治るまでは激しい運動は禁止、これくらい助言するまでもなくわかっていたことだろう」
「俺が悪いというのか!」
「誰が悪いかと言えば君だろう。君が無理をしなければ傷は治って元通りの生活を送れたんだ。それとも、金がなくなり焦って討伐系クエストでも受けたのか?」
「う……」
「それこそ無理と言うものだ。あと、魔術士がひとりで討伐クエストを受けたわけではないよな? 魔術士は治癒術士と同じく魔力がなくなればまともに機能しなくなる者、仲間の後ろで援護をするのが最良だ。あとは……魔力がなくなったときのために弓矢かボウガンを使えるようにしておくとかもあっただろう。もう遅いだろうがな」
ボクの挑発も利いたのかモールは片手杖を取り出し魔法の詠唱を始める。
ふむ、初級魔法だけじゃなく通常魔法も使えるか。
最低限の研鑽は積んでいたということだな。
道を踏み外さなければよかったものを。
「行け! サンダースピア!」
モールは完成した魔法を解き放ってくる。
最下位魔法とはいえきちんとした魔法だ。
正面から受けるとそれなりにダメージを受けるな。
正面から受ければ、だが。
「メェー」
ロインが鳴き声を上げてボクの前に立ち塞がり魔法を受け止める。
魔法がロインに激突した瞬間、雷の槍は爆発し周囲に土埃が立ちこめた。
さて、次はどうでる?
「ふ、ふん。所詮はテイマーだな。自分のテイムモンスターを壁に使うことしかできないとは」
「そこまでボクも落ちぶれてはいないよ。結果を自分の目で確かめるといい」
「なに?」
土埃が晴れた先、魔法が激突した中心部でロインはピンピンとしていた。
正確にはその角に電気をまとってモールを鋭くにらみつけている。
その姿にモールは激しく焦っているようだな。
「なぜだ!? なぜモンスターシープごときが、俺の魔法を受けて生きている!?」
「さあ、なぜだろうね。それよりも、逃げなくていいのかい? まともにやってももう勝ち目はないと思うんだが」
「この!! サンダー……」
モールが再び魔法を放とうとしたとき、モールの背後から矢が飛んできてモールの脚を貫く。
突然の妨害を受け、魔力を制御できなかったモールは自分の集めた魔力に吹き飛ばされた。
ふむ、魔術士が魔法を暴走させるとああなるのか、勉強になった。
「大丈夫ですか! アイオライトさん!」
街の方から駆けてくる馬に乗っているのはラズ、そしてガウンだ。
馬はスピネル、その横にアレクもいる。
「おいおい、無茶しすぎだぜ、アイオライト。俺たちが駆けつけるのが遅かったらどうするつもりだったんだ?」
スピネルから飛び降りながら、ガウンが冗談半分で問いかけてくる。
そんなのわかりきっているくせに。
「もう少し時間稼ぎをしてもよかったかな。それでも救援……いや、目撃者が現れなければボクが始末しておいたが」
「やっぱり目撃者を連れてくるためかよ。スレイプニルまで従えているテイマーがFランク冒険者に負けるだなんてあり得ないとわかってはいたが」
「そういうわけだ。手間をかけさせたね」
「いや、これは冒険者が謝るべき事態だ。申し訳ない」
ガウンは生真面目に頭を下げてくる。
ガウンに謝罪してほしかったわけではないのだが。
「謝罪を受け入れよう。それで、モールはどうする?」
「気を失っているようだな。魔法が暴発したのか?」
「どうやらそうらしい。普通、魔法詠唱中に攻撃を受けても自分にダメージが入らないよう障壁を展開しておくものだが、それすら怠っていたようだな」
「情けない。こいつは冒険者ギルドで引き取りたいが構わないか?」
「構わない。冒険者ギルドから見舞金程度はもらいたいな」
「それはギルドと交渉してくれ。俺たちはお前が襲われていたことを証言するから問題なく受け取れるだろうがな」
「ありがとう。こいつはどうやって運ぶ?」
「俺が背負って行くよ」
最後まで手間のかかるやつだ。
念のため本当に腕が動かなくなっているのか確認したが、腕が炎症を起こしており確かにこれでは動かすことは無理だろう。
だが、治癒魔法をかければ十分まだ間に合う程度の傷であり、他人を襲って人生を終わらせるほどの傷でもない。
プライドの仕業なのかはわからないが、自滅の道を歩いては世話がないな。
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