32. 冒険者の暗黙の了承

 あのモールという男がいなくなったところで話は次の話題に移った。

 ラズが何の気なしに漏らしたボクの情報についてだ。

 これは先輩冒険者であるワットとガウンによって非常に厳しく説教をされている。

 そんなことでは冒険者として信用を得られないと。


「えっと、そうなんですか?」


 ラズはまだよくわかっていないようだ。

 ラズにとってはあまり大事ではなかったのだろう。

 だが、今回の一件もラズがポロリとボクのことを漏らさなければ、もう少し穏便に解決できたかもしれない。

 それに、この先も冒険者としてやっていくならこの態度は問題だ。

 もう少し説明してやるか。


「いいか、ラズ。冒険者にとって誰かに手の内を明かすことは危険なんだ。特に強力な魔法の使い手と回復魔法の使い手はな」


「そうなんですか? 知っていた方が便利になると思うんですけど」


「逆だ。そういった魔法の使い手で冒険者として生活している者は希少となる。それも低ランクの冒険者だとなおさらだ。そうなれば多少、いや、かなり強引な手段を使ってでも自分のパーティに引き入れようとする者が現れるだろう。そうならないためにも、冒険者は共に冒険する仲間にしか手の内を明かさない。場合によっては、共に冒険しているときだって手の内を明かさない。それくらい慎重になると聞いた」


「うーん、よくわかりません。便利な魔法は使ってこそ意味があるんですよね?」


 まったくこの娘は。

 純朴というか、世間知らずというか。

 もっと噛み砕いて説明しなければだめか。


「ラズ。強力な魔法の使い手は、一般的な場合高名な魔術師の弟子だ。そんな者が冒険者をしているとなれば大体は訳ありだろう。回復魔法だってそうだ。基本的に回復魔法の類いは神官の修行を積んだ者しか使えない。神官の修行を積み回復魔法を使えるほどの者は、各教会や神殿が手放したがらないだろう。それでも冒険者をやっているということは、冒険者をすること自体が修行なのか、あるいは逃げ出して冒険者になったかだ」


「はい……」


「それに、口の軽い冒険者は信用されない。どの職業でもそうだが他人の情報をぽんぽん話すような者が信用なんてされる訳がないからな。村ではどんなことも共有し合うのが普通だったのかもしれないが、お前ももう冒険者なんだ。自分のことも含めて個人情報は漏らすな」


「わかりました……」


 うーん、これは本当にわかっているやつか?

 少し怪しいぞ?

 大丈夫なのか、これで。


 ボクがラズの返事に悩んでいると、ワットがラズに語りかけだした。

 今回のクエストに誘った手前、先輩冒険者として指導しておくつもりなのだろう。

 表情がものすごく真剣である。


「ラズ。さっきの話で一番まずかったことは、アイオライトさんが回復魔法を使えると教えたことだ。理由はわかるかい?」


「え? よくわかりません……」


「簡単な話だ。回復魔法というのは、普通神殿や教会に行ってかけてもらうものなんだ。それもきちんと喜捨として寄付金を納めなくちゃいけないし、喜捨だって金貨数枚を払うのが基本だ。理由は想像できるか?」


「その……わかりません」


「魔法が有限だからだ。どんな優秀な魔法使いであっても一日に使える魔法の回数は限られている。各神殿や教会にいる回復術師だって一日に使える魔法はそれほど多くない。そのため、喜捨として対価を払わないと回復魔法は受けられないんだよ」


「そう……なんですか?」


「そうだ。それにポーションだって大銀貨数枚はする。それよりも強力な回復魔法はもっと高額だ。だからこそ、冒険者の間では回復魔法が使える者は、ありがたがられるし奪い合いになる。なにせ、回復魔法をかけてもらえれば金貨数枚分の怪我も治るんだからね。実際にはそこまで効果が高くなくても、危険な場所で傷の治療ができることは圧倒的に死の危険が減る。それほど重要なことなんだよ」


 さすがは先輩冒険者、よくわかっているじゃないか。

 回復術師は冒険者にとって非常に希少な存在だ。

 100人にひとりいればいいとさえ言われているとか。

 そんな情報をうかつに漏らしたんだ、これはラズの信用問題になる。


 さすがにラズもまずかったと理解したらしく神妙な面持ちになっていた。

 まあまあ効果はあったかな。


「すみません、アイオライトさん。そうとも知らずにペラペラと喋ってしまい」


「今回は知らなかったわけだし許そう。だが、次はないと思え」


「はい。気を付けます」


「よろしい。ワットとガウンもあまり言いふらさないでくれ」


「わかってますよ。さすがにそこまでなにも知らないわけじゃないんでね」


「ああ。しかし、そうなると、あのモールってやつが不安だな。ベラベラ喋らなければいいんだが」


 ふむ、その線はあるな。

 だが、そこまで心配しても仕方がない。

 ボクは肩をすくめて応えてみせた。


「その時はその時だ。回復魔法をかけてくれとお願いされたら対価をもらうし、その額だって安くするつもりはない。なにもわからず押しかけてくるのは初心者ばかりだろうが、ボクは冒険者じゃないんだ。恨まれてもお門違い、少しでも手を出せば冒険者としての身分を失う。それに、居心地が悪くなればこの街を出ていくしね」


 ボクがこの街に定住する理由はないんだ。

 長く暮らしてはいるが、それは目的あってのものだし、目的を果たせば街を出ていったって構わない。

 なんなら目的を果たす前に出ていっても特に大きな問題はない。

 あくまでラズを鍛えるためにこの街にいるのだからね。

 そこのところはしっかりしておこう。

 この街の冒険者じゃないボクたちには、この街に居続ける理由なんてなにもないんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る