31. 冒険者の過酷な現実

(アイオライト)


 間もなく夕刻にさしかかろうかという頃、ラズたちが帰ってきた。

 ゴブリン討伐を無事に果たしてきたようだ。

 まずはクエストの清算をさせるが、一緒に行っていた男の様子がおかしい。

 腕を布で吊っているがなにかあったのか?


 ラズたちはクエスト報酬を受け取り、近場の席に着くと相談を始めたようだ。

 まさか、クエスト報酬の分配率について決めていなかったのか?

 さすがにそれはお粗末すぎるぞ。


 だが、様子を見ている限りクエスト報酬で揉めているわけではなさそうだ。

 なにで揉めているのだろうか?

 少し口を挟むか。


「ラズ、なにを揉めている?」


「あ、アイオライトさん。いえ、クエストの清算は終わり、各自の報酬も決まったんですが、それだけでは足りないとモールさんが言い出して……」


「モール?」


「あ、そこの怪我をしている魔術士の方です」


 やはり腕を吊っているのは怪我をしたためか。

 しかし、それと報酬の分配とどう関係するんだ?

 ボクがいぶかしげなまなざしを送っていると、今回クエストを持ちかけてきた男が説明してくれる。

 おおよその話をまとめるとこういうことらしい。


 このモールという魔術士は戦闘開始時、ワットというこのリーダーの男の指示に従わず攻撃を始め仲間を窮地に陥らせた。

 その上、敵を倒しきったかを確認する前に前に出て余計な手傷まで負ったようだ。

 そこを鑑みて、今回の報酬はEランク冒険者であるワットともうひとりのEランク冒険者ガウンが報酬の30%ずつを受け取り、25%を盾役として活躍したラズに、勝手な行動をして仲間を危険な目に遭わせたモールには15%が相当であると結論付けたらしい。


 この判断はボクも賛成である。

 勝手な行動を取り仲間を危機に追いやった者が罰を受けるのは当然だ。

 冒険者という立場で行けば報酬の減額が妥当だろう。


 だが、モールという男はそれを不服として自分に25%の報酬を渡すように要求しているらしい。

 理由は自分が魔術士であること。

 魔術士である自分の援護がなければ今回の討伐は失敗していただろうと言い張っているのだ。


 そのいい分が正しいかどうかはボクにはわからない。

 しかし、魔術士であるから報酬を増額しろというのは無理筋な話である。

 それを言い出したら、テイマーであるボクが参加したときは、報酬の半分以上をもらわないとわりに合わないからな。


 ボクは疲れたように溜息をつき、少し助言をしておく。


「魔術士だからといって報酬の上乗せを迫るのは無理筋だ。それでなくとも君は仲間を危険にさらしたのだろう? 本来報酬をもっと減らされても反論できない立場、少しはわきまえたらどうだ」


「そんなことは知るか! 俺だって生活がかかっているんだ!」


「生活?」


 このモールという男が言うところによると、自分の腕には矢の刺さった傷が残っているらしい。

 それも貫通した痕があるらしく、早めに治療しないと傷口が腐り始めるだろうと言っているのだ。

 なるほど、それは正しいな。

 だが、それは自分の不注意から受けた傷で、仲間の誰もそれに対して責任を負ういわれはない。

 すべてはこの男のわがままだ。

 どうしたものか。


「ワットだったか。少し聞くが、このモールという男のいい分を聞いて報酬額を上乗せした場合、治療できるほど稼いできたのか?」


「いえ、そこまでの稼ぎはありません。確かに人数と難易度を考えれば割のいい仕事でしたが、腕を貫通した矢傷を治療できるほどの稼ぎにはほど遠いです」


「ふむ。それでは増額しても大差ないか」


 ボクが呆れたように言うと、モールは憤慨して反論してくる。

 彼には治療のあてがあるようだ。


「増額分があればポーションが買える! それで傷を塞げばなんとかなる!」


「ポーション? この国ではポーションがそんなに安いのか?」


 ボクは日中に街中を回って調べた物価を思い出す。

 この街ではお粗末ながら多少のエンチャントのかかった武具が安く買えるほかに、たいして物価が高くも安くも感じなかった。

 少々葉物野菜が高いくらいでほかは平均的だ。

 それにポーションを作るには薬草のほかに錬金術師がいる。

 ポーションの値段が高い理由はそれだ。

 錬金術師が魔力を込めて作る薬がポーションである。

 錬金術師の多い街に行けば多少は安くなるだろうが、この街に多いのは魔法学府の魔術士のみ。

 ポーションの研究をしているという話は一切耳にしない。

 このモールという男、だまされてはいないだろうか?


「本当にその程度の額でポーションが買えるのか? 偽物では?」


「あれは本物のポーションだった! 色も美しい緑色だったし瓶もしっかりした物だった! 間違いない!」


 うーん、これでは話が進まないな。

 さて、どうしたものか。


「……あの、アイオライトさんが回復魔法をかけるのではだめなんでしょうか?」


 ボクが頭を悩ませているとラズがとんでもないことを言い出す。

 そういえば、ラズに回復魔法の使い手がどんなに貴重なのか教えていなかったな。

 これは失態だ。

 そんなボクに対し、モールは立ち上がり身を乗り出して迫ってきた。


「おい、お前! 回復魔法が使えるのか!」


「本職はモンスターテイマーだが、ドルイドとしての知識と経験も備えている。腕を吊ったくらいで歩き回れるような怪我なら簡単に治せるぞ」


「なら、俺を治療してくれ!」


「断る」


「なんだと?」


「だから断ると言っている。回復魔法もただじゃない。教会ではないので寄進をよこせ、とは言わないが、報酬はもらう」


「この金の亡者が!」


「魔術士だから報酬を上げろと言っていた君には言われたくないね」


 自分が先ほどまで取っていた行動を挙げられると、モールは椅子に深く座り込んだ。

 さて、この場はどう収めようか。


「まあ、回復魔法は使えないが薬だけなら譲ろう。ドルイドの治癒薬だ、普通の煎じ薬よりは効くと思うぞ」


「クソッ! それでいい! いくら払えばいいんだ!」


「今日の報酬すべて。そうすれば化膿止めの薬を渡してやろう」


「なッ!? ポーションじゃないのか!?」


「ポーションは錬金術師の分野だ。いらないならほかを当たってくれ」


 ボクの言葉を受け、モールはわずかに考えたあと、報酬金が入っているだろう小袋を投げつけてきた。

 まったく、態度がなっていないな。


「金は払う。薬をよこせ」


「はいはい。これが化膿止めだ。1日1回、傷口を清潔な水で洗ってから薬をすり込み、清潔な布で患部を覆っておけ。塗ったときに痛みはするだろうがそれくらい我慢しろ」


「わかった。それじゃ、金の話もついたし俺は失礼するよ」


 薬の入った小瓶を受け取ると、モールは足早に立ち去って行った。

 まったく、本当に失礼な態度だな。


「すみません、俺たちのもめごとに割って入ってもらって」


「確かにな。ワットだったか、これからは依頼を受ける前に報酬分配を決めておけ。そうすればここまでもつれることもない」


「わかりました。それにしても、魔術士だからって増額を要請するだなんて」


「魔術士になるにも金がかかるから、言いたいことがあるのはわかる。ただ、今回は完全に自分の失態から受けた傷と報酬の減額だからな。受け入れられなければ成長もないだろう」


 本当にあれで大丈夫なのだろうか。

 薬自体は効くが性格までは直らない。

 今回のことを教訓に先に進めなければ自分の命を落とすぞ。

 そうなったとしても責任は取れないが。

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