26. モンスターホースと乗馬

 ラズに勉強させつつ装備を調えていき、1カ月が過ぎた。

 その間にスピネルの馬具も整い、旅の準備はおおよそできている。

 ただ、ラズが文字を覚えるのにかなり時間をかかっており、その先へと進めない。

 こればかりは根気の勝負だな。


「よし、今日の勉強はこれで終わりだ。午後は乗馬の訓練だな」


「はい。勉強って大変ですね」


「楽なものなどないということだ。街にいる間は美味しい食事が食べられるのだから気合いを入れろ」


「わかりました。それにしても、いまの私ってかなり贅沢ですよね」


「なんだ?」


「いえ、普通のFランク冒険者って毎日生きるだけでも大変なのに、私は養われているなって」


「それがわかっているならよろしい。一通りの知識が備わったら遅れている分の討伐訓練を再開するからな。覚悟しておけ」


 ボクたちは読んでいた本を棚に戻し、街に出て昼食を取った。

 この街はわりと新鮮な野菜も多く、肉類も美味しい。

 安い食事でもそれなりに量を食べられるみたいなので駆け出し冒険者にも易しいだろう。


 食事を済ませたら従魔全員を連れて街を出てラズの乗馬訓練だ。

 ラズもだいぶ姿勢がよくなってきた。

 最初の頃は相変わらず股と尻を打ちつけるような硬い動きしかできなかったが、最近はようやく馬を走らせるときの姿勢や腰の動きにも慣れてきている。

 駆け足程度なら長時間こなせるようになっているから、この先は全力疾走を覚えさせるところだな。

 バトルホース種のスタミナは通常の馬のそれをはるかに凌駕する。

 半日程度全力疾走していても潰れないほど頑丈なのだ。

 普通の馬だと潰れて使い物にならなくなっているだろう。


 今日も街道をそれ、人もモンスターもいない平地で馬を走らせる。

 ボクのアレクが先を走り、ラズのスピネルがそれに続く。

 ランプたちは最後尾だ。

 別にランプたちが遅いのではなく、スピネルが遅れだしたときの合図をもらうためだな。


「おーい、アイオライトとラズじゃないか! 久しぶりだな!」


 しばらく馬を走らせていると遠くから声をかけられた。

 そちらを向くとジルコットが仲間と思われる冒険者たちと共にいる。

 ここはモンスターを狩るような場所でもないのになにをやっているんだ?

 少し用心しながら近づいてみよう。


「久しぶり、ジルコット。今日はどうしたんだ?」


「ん? 俺も後続の育成だ。正確にはお前みたいに無償でやっているわけじゃなく、冒険者ギルドから依頼として仕事の仕方を教えているんだ」


 なるほど、それで連れの冒険者たちの装備が数段階劣るわけか。

 ジルコットは全身を金属鎧で覆っているが、連れの冒険者たちは体の一部を革の防具で守っているだけ、レベルが全然違う。

 冒険者ギルドは後進の育成まで仕事として出しているのか?


「それにしても立派な馬だな。アイオライトのスレイプニルなんて普通の馬と比べものになるようなもんじゃないが、ラズの乗っている馬も見事だ。あれもモンスターホースか?」


「ああ。サバトンからヘメトに渡ってくる間に仲間にしたんだ。名前をスピネルという。本当はスピネルも鍛えたいし、そう約束して付いてきてもらっているのだが、ラズの方がどうにもな」


「ああ、なるほど。お前さんたちが毎日のようにギルドの資料室にこもっているのはそのせいか」


「そうだ。ラズに読み書きを教えている。薬草の辞典を読むにもモンスターの特徴を調べるにも文章を読めないと話にならない」


「ありがちな話だな。農村出身の冒険者はよくそういうのがいるんだ。結果、無理をしていつの間にかいなくなっていることが多いがな」


 やっぱりよくある話なのか。

 ラズが読み書きできないのを早めに知ることができてよかったよ。


「ところで、やっぱりモンスターホースって高いのか?」


「高い? なにがだ?」


「値段だよ、値段。馬と比べてどうなんだ?」


 馬と比べてか。

 一般論的な話しかできないが教えておこう。


「軍馬の数倍は高いと聞く。無理矢理捕まえて言うことを聞く種族ではないし、気性が荒めな者も多い。人間では繁殖も難しいのでかなり希少だな」


「そっか。俺も乗ってみたかったんだがな」


「乗るだけならスピネルに少し乗せてやってもいいぞ」


「いいのか!?」


「構わない。ラズ、少し休憩だ」


「はい。やっぱり腰が……」


「もう少し股関節の柔軟運動をしろ」


 ラズがスピネルから降り、代わりにジルコットがスピネルに乗った。

 重い鎧を着けても一回で乗れるとは、乗馬経験がないわけではないな。


「どうだ、ジルコット。乗りこなせそうか?」


「うーん、わからん。こうして背に乗っただけだと普通の馬とたいして変わらないように感じるが」


「では一走りしてくるといい。スピネル、行け!」


「ちょ!? うわぁ!?」


 ボクの合図でスピネルが全力疾走をし始める。

 ジルコットは手綱を握り絞めて振り落とされないようにしているが、バランスが取りにくそうだ。

 そのジルコットを乗せているスピネルは、背中の重さを感じさせない力強い走りで周囲を駆け巡る。

 普段はラズが乗っているから押さえさせているが、全力だとこれほど走れるのか。

 いや、良い馬を拾った。


 30分ほど走り回るとスピネルも満足したのかボクたちの元に戻ってきた。

 背中に乗っていたジルコットはかなりくたくただ。


「……モンスターホースってこんなに走り回るのかよ」


「繁殖も捕獲も難しい理由がそこだ。足が速い上に全速力で数時間走っても疲れないほどスタミナがある。普通の馬が追いつけるような速さではないし、力もあるから縄で縛ろうとしてもちぎられてしまう。どうしてもモンスターホースがほしいなら国を渡れ。ネイチュラス連邦なら比較的良心的な値段で買えるぞ」


「ネイチュラス連邦……モンスターテイマーの発祥の地があるって言うテイマーの国か。ん? アイオライトもネイチュラス連邦の出身か?」


「ああ。都市部ではなく、ネイチュラス連邦にある草原地帯を渡り歩く遊牧民の生まれだ。故郷を離れて久しいがいい国だよ」


「んー、さすがにネイチュラス連邦に渡るだけの資金がないな。途中で稼ぎながら行くとしても、Cランク冒険者の稼ぎじゃモンスターホースを買えるほどの資金は貯まらないだろう」


 おや、賢明な判断だな。

 モンスターホースの値段が実際にどれくらいなのかは知らないが、買うのも大変だし自分の望み通りに操れるようになるのも大変なのだ。

 食事代も馬鹿にならないし、一冒険者が買うのは難しいだろう。

 ボクだって初めて馬型モンスターを手に入れたのは、モンスターテイマーになってからかなり経ってのことだ。


「ありがとよ。お礼と言っちゃなんだが、ラズにも少し勉強させてやろうか? 薬草採取の基本を教えに行くんだが」


 なるほど、この平野に来たのも薬草が目当てか。

 ラズにもいずれ学んでもらわないといけないし悪くはないな。

 少しお邪魔させてもらおう。

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