23. 冒険者ジルコット

 ボクとジルコットは説教の終わったラズを拾い、冒険者ギルドに併設されている酒場へとやってきた。

 まだ昼過ぎの時間ではあるが、酒場の中はそれなりに活気がある。

 冒険者はテイマー以上に生活が大変だ。

 食べれるときに食べて飲むのが普通なのだろう。

 ボクには理解できないのだが。


「お、あそこのテーブルが空いてるぜ。あそこにしよう」


「わかった。ラズ、こっちだ」


「は、はい!」


 ボクたちは酒場の中を横切り、その奥の一角にあるテーブルへと座る。

 するとすかさず給仕係の娘がやってきて注文を聞いてきた。

 ジルコットは慣れたように酒を頼み、ボクは果実水を、ラズは柑橘水を頼む。

 この街の近くには柑橘類の採れる村があるらしく、そこで採れた柑橘類を保存しておいて必要なときに使っているそうだ。

 この街のことだから柑橘類の保存にも魔道具を使っているのだろうし、水も清潔なものを使っているだろう。

 とにかく、生活するのに便利な街、それがヘメトだ。


 注文をして少しするとボクたちの飲み物が運ばれてきた。

 ボクの果実水は、ブドウの果汁か?

 ブドウをワイン以外に使っているとは珍しい。

 ありがたく飲ませてもらうとしよう。


「それじゃ、俺たちの出会いに」


「旅の無事に」


「えっと、ヘメトまでたどり着けたことに」


「「「乾杯」」」


 ジルコットのやつ、乾杯をしてすぐ酒を一気にあおってる。

 そんな飲み方をして大丈夫なのか?


「くぅっ! やっぱり一仕事終えて帰ってきたあとの酒は美味いな!」


「ん? ジルコットは仕事帰りだったのか?」


「ああ。ここから更に北にあるホルムの街へ魔術具を売りに行く商隊の護衛をしてきた。今日丁度帰ってきたところだ」


「へえ。ホルムの街はどうだった?」


「魚がうまい。漁港を抱えた街だから新鮮な魚が手に入る。あとは、あの街は革製品の生産が豊富でな。一緒に行っていた初心者パーティが喜んで装備を買いにいっていたよ」


 ほう、革製品が豊富なのか。

 ラズにはまだ金属鎧は早すぎると思っていたので、ある程度この街で力を付けたあと買いに行ってもいいかもしれないな。

 詳しく聞けば馬車で4日ほどの距離だという。

 アレクやスピネルなら馬車の倍以上は速いし、一泊でたどり着くだろう。


「それで、お前さんたちはどこから来たんだ? この街で冒険者登録をしたんならわざわざ俺に狩り場なんて聞かないだろう?」


「ボクたちはサバトンから来た。ボクとしてはあてのない旅の途中だったからどこに行くのでもよかったんだが、サバトンでここの冒険者ギルド宛ての荷物を預かってな。急ぐ旅でもないし届けにきたんだよ」


「ふうん。そんなテイマーがなんで新人冒険者なんて連れているんだ? 連れ歩く理由なんてないだろう」


「確かにないな。連れ歩いているのは、ボクに鍛えてほしいと志願してきたからで、鍛えてやることにしたのもある種の気まぐれだ。……ところで、冒険者というのはどこまで育てれば一人前なんだ?」


 ボクの問いかけにジルコットは一瞬呆気にとられたあと笑い声を上げ始めた。

 確かに、鍛えることになったが目標を定めていないというのは笑い事だろうな。

 ジルコットはひとしきり笑ったあと、腹を押さえながら笑いの余韻を残した口調で話しかけてくる。


「あー、面白かった。テイマーが冒険者の基準を知らないのはしょうがないか?」


「大目に見てくれ。ボクは仕事柄冒険者と組むことはあっても相手の素性までは問いたださない。あくまでギルド同士の契約で成立した一時的な仲間としてしか組んだことがないんだよ」


「ああ、わかったわかった。一通り俺が教えて進ぜよう。お前さん、冒険者ギルドのランクわけはどれくらい知っている?」


「そうだな。ギルドに入りたての者がG、そのあとFから順に上がって最後はAか?」


「残念だが最後が違う。Aランクの上にSランクというものも存在しているんだ。Sランク冒険者なんて国にひとりもいないだろうがね」


 ん?

 そんな珍しい冒険者にランクが必要なのか?

 ボクは不思議に思いそれを尋ねると、ジルコットは必要性を説明してくれた。


「んー、Aランクの中でもとびきり強いやつがなれるのがSランクだとも言われているな。正確には強すぎるやつがAランクに混じっていることで依頼が集中したり、ほかの冒険者への値切りが発生したりしないための措置だとも言われている」


「なるほど、特別な階級か。それならば理解もできる。しかし、国にひとりもいないというのは不便ではないのか?」


「そんなこともないさ。Sランク冒険者ってのはある種の英雄的存在だ。そんなやつがごろごろいられてもかなわん。Aランクだって国に数パーティいる程度なんだ、それくらいでいいんだよ」


 要するに強すぎるから例外的な存在として扱うということか。

 テイマーギルドと一緒なんだな。


「それで、どこからが一人前の冒険者か、と問われれば、Dランク冒険者あたりが一人前になってくる頃だろう。もちろん、Dランクの中でも強いやつと弱いやつは分かれるんだがな」


「それは仕方がないな。で、Dランクの冒険者というのはどの程度のことができる?」


「そうだな。ひとりでオーガを倒せたり、オーク数匹を相手にできたり、数人でゴブリンの群れを相手取る技術を持っていたり。それくらいだな」


 おや、思っていたよりもハードルが低い?

 いや、ひとりでゴブリンと戦うならともかく、仲間と戦うなら連携も大切になってくるのか。


「お、難しく悩んでいるか? 実際、判断が曖昧になるところなんだよな、Dランク冒険者ってのは」


「ああ、話を聞いただけでは強さの指標がわかりにくい。具体的にはどれくらいの期間でたどり着ける?」


「早いやつは1年くらいでDランクまで駆け上がる。遅けりゃ一生たどり着けん。そんなところだ」


「なるほど、文字通り『一人前』というやつか。わかったよ、ひとまずそこを目標に頑張らせよう」


「そうしてやれ。ところで、そのラズって冒険者の装備、あまりにもあれじゃないのか?」


 あれ……ああ、弱そうということか。

 言葉を濁してくるあたり配慮もできるということだな。


「装備が貧弱なのは仕方がない。ボクがラズと初めて会った時は少し厚めの布の服に尖った石を挟んだ木剣という装備だった。サバトンをすぐに出発する予定だったから装備を準備させる時間がなかったんだ。金はボク持ちでも構わないんだが、準備する時間がないのはどうしようもなかった」


「なるほど。サバトンからこっちに来るまでの間で整えなかったのか?」


「大きな街だとブラジにしか寄っていない。小さな宿場町だとモンスターテイマーは町に入ること自体を断られるんだ。理解してくれ」


「あー、ブラジで装備を調えるのは確かに賢くない選択だ。それに宿場町でも整えられなかったのは理解した。じゃあ、この街で整えるのか?」


「そのつもりだが、根本的に体力がない。ボクが板金鎧を買い与えても重くてまともに動けないだろう。まずは革鎧で鍛えさせる。そのあと、体力が付いてきたら装備の買い換えを検討だな」


「金に余裕があるって言うのはうらやましいことだ。普通の冒険者は装備を買う金を貯めることも難しいのにな」


「ふむ、少し甘やかしすぎか?」


「いや。将来、返してもらう予定があるなら先行投資として装備を買い与えておけ。まともな装備がなくて死ぬ冒険者が多いんだ」


 どの世界も金が生死を分かつことになるのは一緒か。

 世知辛い。


 そのあと、食事を楽しみながらこの街周辺のモンスターについて詳しく話を聞いた。

 ジルコットはこの街を長年ホームタウンにしてきた冒険者だけあっていろいろと詳しい。

 話の真偽はこのあとテイマーギルドに行ったとき確認する必要があるだろうが、おごった分以上の話は聞き出すことができたな。

 さて、食事を済ませたらテイマーギルドに行ってスピネルの登録、それから宿の確保だ。

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