21. ブラジを出発

 裏ギルドを潰し歩いた翌日の朝、ボクは少し遅いくらいで目を覚ました。

 だが、隣のベッドで寝ているラズは目を覚ました様子がない。

 ……こんな時間まで寝ている娘だったか?


「……ああ、睡眠魔法」


 よく考えたら襲撃に遭ったとき、宿全体に睡眠魔法をかけたんだった。

 対象を無差別にしていたからラズも巻き込んだようだ。

 本気でかけたのだから宿の主人や使用人たちも起きていないだろう。

 そうなると、部屋の鍵は誰に返せばいいんだ?

 とりあえず、ラズを起こすか。


「ラズ、朝だぞ」


「……ふぁい、おはようございます、アイオライトさん」


「ああ、おはよう。目が覚めたなら出発の用意をしろ。朝食は宿で食べられないから、街を出たあと保存食で済ませる」


「宿で朝食を食べられない?」


「宿全体がまだ起きていないんだ。わかったなら出発の準備だ」


「……ん? もう結構日が昇っているような?」


 ラズはよくわかっていないようだが、まとめて眠りにつかせているのだから仕方がないだろう。

 実際、ボクがラズを起こしたときも解呪の魔法を同時に使っているから起きただけで、解呪を施されていないほかの泊まり客や宿の使用人たちは眠りから覚めていないはずだ。

 ボクたちが宿を出るときに解呪の魔法をかけておけば自然と目を覚まし始めるだろう。

 昨日の賊たちは仲間の手によって回収されていたから、そちらで驚かせることもない。

 ボクたちはこの宿で普通に起きて出発しただけ、特に罪に問われるようなことはなにもしていないのだから。


 身支度を調えて宿の受付に行くと、通いの使用人がいたので部屋の鍵を返却しておいた。

 その使用人も宿の主人や仲間たちがなぜ起きないのかわかっておらず困っていたが知らぬ存ぜぬで通しておこう。

 そもそも知っている方が怪しい。

 厩舎のモンスターたちの方は起きだしてきているようで、魔法に対する抵抗力の差を感じる。

 このようなところでもモンスターたちはタフだ。

 この辺はラズにも見倣ってもらいたい。


 宿を出れば街はもう動き始めていて通りを人々が行き交っている。

 ただ、その中に慌てた様子で走り回っている一団もいた。

 おそらくはボクが襲撃した裏ギルドの構成員かその下っ端ギルドの連中だろう。

 最初の『黒ヤモリの爪』以外はひとり残さず始末しておいたからな。

 夜が明け人通りも多くなったことで、昨夜の一件が知れ渡ってきたのかもしれない。

 ボクたちの姿は常に幻影で隠して移動していたから見つかりはしないだろうが、この街からはさっさとおさらばしよう。


 街中から移動し、北へと抜ける門へとたどり着いた。

 だが、そこでは衛兵たちがずいぶん厳しく取り締まりをしているらしく、なかなか前に進まない。

 別にボクたちは馬に乗っているんだから別の門から出ても問題ないのだが、列に並んでしまった以上、途中で抜けるのも怪しまれるか。

 時間はかかっているようだがそれでも列は前へと進んでいき、いよいよボクたちの番になる。

 だが、やってきた衛兵はボクたちを見て怪訝そうな顔をした。

 一体なにがあった?


「次。……その馬、アタックホースか?」


「そうだが、それがどうかしたのか?」


「いや、この街に滞在している貴族がアタックホースを探していてな。お前たちの連れているアタックホースがそうなのかと考えたのだが」


「勘違いだろう。ボクたちの知り合いにこの国の貴族などいない。そもそもなぜアタックホースを探しているんだ?」


「それがわからないから困っている。その貴族がこの街の街長に圧力をかけて探させていると聞くが、その理由を俺たちも知らされていないんだ。それで、どうする?」


「どうする、とは?」


「貴族の命令に従って出頭するか、それともこの街を出ていくかだ」


 ん?

 ボクたちを無理矢理突き出すつもりはないのか?

 今度はボクが怪訝そうな顔をしたのだろう、衛兵が追加で説明をしてきた。


「街長は大人しく命令を聞くふりだけしていろとの指示だ。つまり、俺たちとしても無理矢理連れていく理由がない」


「貴族の命令に従わなくていいのか、その街長は?」


「そのそも、このブラジが貴族の支配を受けない独立都市であり、貴族から命令を受ける筋合いがないということだろう。従っているポーズだけ見せればいいんだよ」


 なるほど、街長までボクの恐ろしさは伝わっているか。

 この街の裏ギルドをどの程度の割合で潰したかはわからないが、芋づる式にかなり上位のギルドまで潰したからな。

 下手に手を出せばまずい相手、程度の認識は持ってくれているのだろう。

 そう考えると、アタックホースを探すように命令している貴族は危機察知能力がない。

 わざわざ夜のうちに誰にも気付かれず死体の山を中庭に3つ作っておいたのに。

 焼死、感電死、撲死と死因を分けた死体を文字通り山と積み上げたのだがな。


「それでは、このまま街を出させてもらおう。のんびりと歩いていくから追っ手をかけてもらっても構わない。連れが馬に乗り慣れていなくてね、走れないんだ」


「わかった。だが、追っ手をかけるにしても明日以降になるだろう。報告するのも今日の閉門後だからな」


 ふむ、それまでに距離を稼いでおけと言うことか。

 ラズには申し訳ないが、今日は走っていくことにしよう。

 まあ、股から血が出ても回復魔法をかけてやるから大丈夫だよ。

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