19. ブラジの暗部

 宿に戻ったあと食堂で適当に食事を済ませ、従魔たちに食事を与えに行く。

 今回はあまりいい食材が手に入っていないので街で買った果物の詰め合わせだ。

 これでもブラジの街では結構値が張るし、鮮度にも不満がある。

 この街はこういった側面でもあまりよろしくない街だな。


『アイオライト、少しいいか』


「どうかしたのかい、アレク」


『街に出ているときから後ろを付け回している連中がいた。用心すべきではないのか?』


「ああ、あいつらか。そうだね、すまないが警戒を任せても構わないかな。ボクも備えておくよ。この街は物騒だからね」


『わかった。こちらは任せろ。狙いはスピネルだろうがな』


「スレイプニルを連れている相手に喧嘩を売ろうというのが間違いだ。ああ、殺さないでくれよ」


『心得ている。それよりも食事を早くよこせ』


「はいはい。あまり良質な食糧じゃないけど我慢してね」


『承知している。……本当に美味しくないな』


 この街だからね。

 従魔たちの食事も終わったらあとは部屋に帰って寝るだけだ。

 明日も早くなるだろうし、早く寝てしまおう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……この宿か?」


「間違いない。ここにアタックホースがいる」


「わかった」


「アタックホースの牝馬には傷を付けるなよ。それ以外の従魔は殺しても構わん」


 気楽に言ってくれるぜ。

 アタックホースを連れているテイマーはスレイプニルに乗っていた。

 そいつも殺せだなんて無茶を言いやがる。

 スレイプニルが暴れ出したらブラジの街ごと消えてなくなるかもしれないんだぞ。

 まったく、余所のお貴族様は身勝手だこと。

 ともかく俺に与えられた役割はアタックホースの確保だけ。

 ほかの仕事はほかの連中が片付けてくれる。

 とっとと用事を済ませるとするか。


「……宿の見張り番も約束通りいなくなってるな」


 この街の宿は全部俺の所属している組織の傘下だ。

 手荒なまねをすると互いの信用に傷がつくんで、仕事のときにはあらかじめ金を握らせて邪魔な連中にはいなくなっていてもらう。

 今日も厩舎の見張り番には別の場所へと行ってもらっている。

 悪事を働くのも楽じゃないぜ。


「目当てのアタックホースは……ああ、こいつか」


 モンスターどもの給仕係には事前に頼んで毒を盛ってもらった。

 殺したり動けなくしたりするタイプではなく、特定の魔道具を持っている者に従うようにするための毒だ。

 これも安くはないんだが仕事のためには仕方がない。

 あとはこいつを連れ出して……。


『お前。なにをしている?』


「なに? スレイプニル!?」


『そうだ。それで、お前はなにをしている?』


 どういうことだ、スレイプニルが動けるだなんて聞いてないぞ!

 クソッ、今日の仕事はとりやめだ!

 逃げるしかない!


『待て。お前はなにをしている?』


「なんだ!? 体が動かない!?」


『たいしたことはしていない。お前が魔道具で我らを操ろうとしていたように我もお前を操っている。お前は何者だ?』


「俺は……盗賊ギルドの、マドラブ……誘拐担当の者だ……」


 クソ、口が止まらない!

 頭もぼんやりしやがる!

 どうなってるんだ!?


『盗賊ギルドか。なぜ盗賊ギルドが我々を狙う?』


「貴族からの依頼で……アタックホースを盗むように命じられた……どこの貴族かまでは聞いていない……」


『なるほど。この宿の見張り番がいないのもお前たちの仕業か?』


「そうだ……この街の、すべての宿は……闇ギルドの傘下にある……」


『救えない街だ。お前はそこで立っていろ。そのうちアイオライトが来るだろう』


「お前の主か……あいつらには暗殺ギルドの手が向けられているぞ……」


『そのような連中に負けるものか。そんな大人しい存在ならとうに死んでいる』



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 夜、ボクは微かな気配で目を覚ます。

 本当に救えないな、この街は。

 ベッドの隅に立てかけてあった杖に手を伸ばし、魔力を込める。

 これで一網打尽にできただろう。


「ふう、こんなところか」


 廊下に出てみれば暗闇に潜むための暗い色の服装に身を包んだ男たちが5人倒れている。

 全員、よく眠っているな。

 窓の外から来ようとしていた連中も眠りに落ちただろうか?

 この宿全体に眠りの魔法をかけてしまったから巻き込んではいるだろう。

 あるいは扉から襲う者たち待ちで出遅れているか。


「……どちらでもいいか」


 ボクは扉を閉め廊下に出て部屋全体を厳重に魔力で包んでから外へと向かう。

 眠っていた者たちは放置だ。

 気がついたところでなにもできないし、目が覚めるころにはもうすべてが終わっている。

 本当に面倒くさい街だな、ここは。


「アレク、そいつがスピネルを連れ去ろうとしに来たやつかい?」


『ああ。盗賊ギルド所属の者だそうだ。この街の宿はすべて闇ギルドと繋がっているそうだぞ?』


「いざという時の備えというやつか。どちらにせよ殴りかかられて黙っているわけにはいかない。反撃に移るとしよう」


『心得た。スピネルは眠っているが起こすか?』


「眠ったままでもいいだろう。ボクたちだけで終わらせるよ」


『了解だ。おい、男よ。盗賊ギルドまで案内せよ』


「はい……こちらです……」


 アレクの精神支配もかなり深いところまで進んでいるな。

 盗人の生死まで気にかけてやる必要はないが、哀れだ。

 それでは盗賊ギルドとやらに実力を見せつけてこよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る