12. 装備の新調が終わったあとは

 3日間かけてラズの装備を整えることができた。

 ラズは着替えもろくに持っていなかったらしい。

 そんなことではまともに旅もできないので、まずは旅人用の大きなリュックと古着を5着買い与え、その上から着る革の服を買った。

 布の服では簡単に切り裂かれるような爪でも革の服なら破かれずに済むことがある。

 まあ、無いよりマシ程度の装備だがとりあえず必要だろう。


 それよりも問題なのは胴当てになる装備でいい物がなかったことだ。

 さすがに数日で新品の物を作ることはできず、中古で買おうとしたがサイズが合わない。

 金属製の装備ならまあまあサイズが合った物もあったが、今度はラズが重さで動けなくなるのだ。

 ラズには根本的な体力が足りていない。

 仕方がないので胸当ては諦め、ガントレットとブーツだけを買った。

 これがあるだけでも生存率は上がるだろう。

 胴は……革の服を重ねて着させるか。


 あと、宿もボクと同じ場所に移ってもらう。

 さすがにボクと同じ部屋には泊めないし、同じクラスの部屋を使わせるのはラズの教育上もよくない。

 このクラスの宿になると従者や馭者用の狭いが安い部屋も用意してあるので、そちらを使わせる。

 それでも、ラズがいままで使っていた宿よりは広いらしいが。

 装備を調えるだけで3日だ。

 先が思いやられる。


 さて、装備が整ったらなにをするかというと、装備に慣れてもらうことと体力をつけることも兼ねた走り込みだ。

 ラズはそういったことをいままでやってこなかったようで、最初は装備を着けて走ることすらままならなかった。

 本当に先が思いやられる。


「ラズ、水だ」


「ありがとう、ござい、ます」


「まだ街の外周部を半分も走っていないぞ。それでそんなにバテていてどうするんだい?」


「いや、街の外周部って、結構、広い、ですよ?」


「冒険者となれば重い装備や道具を背負ってもっと走ることもある。今日は野営道具や着替えを宿に置いてきているのだからまだ身軽な方だ。そもそも、君は金属製の防具すら身に着けられなかっただろう? 前衛としてはあまりにも筋力がなさ過ぎる」


「それは、そうですが」


「身体強化魔法などを覚えれば多少は改善できるが、魔法は魔法。魔力を消費するし魔力がなくなれば使えなくなる。普段の装備を身に着けて走り回るくらいの体力は必要だ」


「は、はい」


「休息はこれくらいにしよう。もうひと頑張り行くぞ」


「わ、わかりました」


 ラズにはいまいち覇気がないが、これくらいのことはこなしてもらわないと困る。

 ボクは冒険者じゃないから冒険者ギルドの訓練施設は使えないし、走り込みをするだけなら冒険者ギルドに行く必要はない。

 街の街壁に沿って走り回るだけで十分だ。


 そのあとも、日が傾き閉門時間が迫るまで走り込みは続けた。

 宿に戻ったらボクの部屋で汗を流させてきれいな服に着替えてもらい、ベッドの上で横にならせる。

 そして、ボクはラズの体をマッサージし始めた。


「んんぅ」


「奇妙な声を出すな。これだって必要なことだ」


「だって、気持ちいいですよ」


「一日走り回って足の筋肉がパンパンに膨れ上がっているからな。そこを少しずつもみほぐしているんだ。こうすることで疲れが抜けやすくなる」


「そうなんですか? 聞いたことがないです」


「冒険者ギルドでは教えてくれないだろうさ。あそこは脳筋集団のかたまりだからな。疲れなんて気合いで吹き飛ばせ、とか本気で考えていそうだ」


「それじゃだめなんですか?」


「疲れというのは種類もあるが、トレーニングをしたあとの疲れは血行をよくするためにマッサージをした方がいい」


「やっぱり聞いたことがないです」


「では、黙って脚を揉まれていろ。なんだったら少し寝ても構わない。施術が終わったら起こすからそのつもりでな」


「はい。あっ。やっぱり気持ちいい……」


 ラズは時々艶っぽい声をあげるが、それもやがて寝息に変わった。

 しっかりとトレーニングを積んでいるため体に疲れがたまっていたのだろう。

 それ自体はボクの計画通りだから気にすることじゃない。

 ……それにしても、ラズの体は硬いな。

 柔軟体操も明日からはやらせるべきか。


 マッサージが一通り終わったら、ボクは杖を持ってきてラズに回復魔法をかける。

 ボクはボクの武器である杖がないと魔法を使えない。

 その魔法だって杖が触れる場所が起点じゃないと発動しないのだから、実戦で使えるような物じゃない。

 ときどきこの体が恨めしくもなる。

 そんな思いに囚われたところで結果が変わるわけじゃないので、すぐに迷いを振り払うが。


「ラズ、終わったぞ」


「……ふぁい。あれ? 体が軽い?」


「マッサージのあと回復魔法もかけた。これで明日も十全に訓練ができる」


「……明日も走るんですね」


「当然だ。ラズの体力が付くまで、街にいる間はトレーニングの日々だと思え」


「はい……」


 ラズも冒険者という職業がこんな地味なことの積み重ねだとは思いもよらなかったのだろう。

 だが、日々の研鑽がいざという時の生存を分けることになる。

 ラズを死なせるわけにはいかない以上、しっかりと鍛えさせてもらわねば。

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