11. とりあえず装備を調えろ
ラズを弟子として育てることは決まった。
では、次になにをしなければいけないかというと……この貧弱な装備を変えさせるところだな。
「よし、ラズ。装備を調えに行くぞ」
「え? 私、装備を買うほどお金がありません……」
「そこはボクが立て替えておく。ボクの弟子になるということは各地を旅して歩くことになるんだ。そんな布の服一枚で生き残れるような旅じゃない。いい武具屋は知らないか?」
「ええと、そう言われましても、この街の武具屋のことはさっぱり……」
だめだ、本当にだめだ。
この娘にはそこから叩き込む必要がある。
ボクはひとつ溜息をついてから話を続けた。
「ラズ。拠点とする街を決めたなら、その街にどんな店があるのかしっかり調べろ。武具屋も冒険者ギルドに聞けばある程度は教えてくれる。だが、冒険者ギルドが教えてくれる店がその街で一番いい装備を売っているとは限らない。長く暮らすなら自分の足で情報を集めるんだ」
「は、はい!」
「ボクは6日後には街を出発する。ひとまず、この街にどんな武具屋があるのかを調べる必要があるな」
「ええと、歩き回って調べるんですか?」
「それはそうだろう? ついでに装備の目利きのやり方も教えてやる。そうと決まれば、食事を済ませて出発だ」
「わかりました!」
ボクはボリビエにこの街の武具屋について基本的な情報を聞いておき、食事を済ませたら宣言通り街の中を歩き回ることにした。
サバトンの街はゴブリンの一大拠点を攻め落とすという大捕物を終えたばかりで少し浮き足立っているな。
街を行く人々の姿もまばらで、時折見かける人も武装している人がほとんどだ。
今日は天気もいいのに活気がないことこの上ない。
まだゴブリンの脅威が完全に過ぎ去ったわけではないので仕方がないか。
テイマーギルドで聞いた限りでは、冒険者ギルドによる残党捜しがまだ続いているらしい。
街を正常化するためにも手は抜かないということだろう。
その点は評価すべきだな。
ボリビエに教わったこの街の武具屋が集まっている地域で、一軒目の店に入る。
店の中はきちんと整理されていて一見の客でもわかりやすい構造になっているな。
さて、お目当ての装備はあるかな?
「ふむ、青銅製の武器か」
「お、嬢ちゃん、客か?」
ボクが並べられている武器を調べていると、店の奥から男が出てきた。
なかなか体も引き締まっているし、ここの店主かもしれないな。
少し話を聞いてみるとしよう。
「ああ、少し買い物に来た。並べられている装備には鉄ではなく青銅製のものが多いが、この街では青銅の武器が一般的なのか?」
「ん? ああ、それか。この街は鉄が貴重品でな。代わりに近くの鉱山で産出される銅を原料に青銅の装備を作っているんだよ」
「なるほど。ということは、ほかの武具屋に行っても青銅の武器がメインか」
「ほかの店のことまで詳しくはない。だが、鉄の武器がほしいなら金を貯めるかほかの街に渡るかだな。ほかの街に行く旅費を考えればこの街で装備を買った方が安くつくと思うが」
「そうか。参考になったよ。ほかの店も見てきたいからこれで失礼する。また来るかもしれないから、その時はよろしく」
「へいへい。できればウチで買っていってほしいところだがね」
「ほかにも武具屋はあるんだ。そっちも見てこないと」
そこまで言うと、武具屋の店主は満足げにうなずいた。
無理に引き留めようとしないあたり好感が持てる。
まだ武器をあれこれ見ているラズを引っ張り出し次の店へと向かう。
次の店は、一軒目と比べると少々派手だな。
売り物として並べられている武器もあまり質のいい物とは言えない。
なにより、ボクやラズを客として見ていなかったことが減点だな。
誰にでも愛想よくしろとは言わないが、最初から邪険にするのはよろしくない。
この調子でほとんどの店を見て回り、一番よかったのは最初の店だった。
そのため最初の店へと戻り今度は真面目に装備を吟味する。
「お、戻ってきたんだな」
「ああ、また邪魔するよ。ほかの店も見て回ったが、この店の方がよかった」
「うちより安い店もあるだろうに」
「品質と値段を総合的に考えてこの店に決めたんだ。それに、彼女はまだ初心者だ。鉄の剣なんて扱わせるほど強くはない」
「ああ、嬢ちゃんの武器じゃなかったのか。立派な棒を背中に差しているからおかしいとは思っていたんだ」
「ボクはこの棒とランスがメイン装備だよ。今回買うのはそっちの新人冒険者の装備だ」
ボクがラズに視線をやると、店主は驚いた顔をしてみせた。
どうやらラズが冒険者だということが意外だったみたいだ。
あんな装備の冒険者、信じろという方が難しいかもしれない。
「……本当に冒険者なのか?」
「ランクFらしいが本物の冒険者だ。つい先日、ゴブリンに襲われて殺されそうだったところを助けた」
「そんな木の板でゴブリンと戦おうってのが間違いだよなあ。よし、そっちの嬢ちゃん。名前はなんだ?」
「あ、はい。ラズと言います」
「わかった。ラズ、お前のほしい武器はなんだ?」
「剣がいいです。切れ味のいい剣が」
ラズの言葉にボクも店主も思わず頭を抱えてしまう。
本当にわかっていないな、この娘は。
「ラズの嬢ちゃん。青銅の武器は切れ味なんてないに等しい。重さでたたき割るもんだ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
「そんな知識も持っていなかったのか。本当に冒険者かよ」
「本当ですよ! ほら、冒険者証!」
ラズは首にかけていた冒険者証をボクたちにわかるように引っ張って見せた。
うん、確かにランクFの冒険者証だ。
だけど、知識のなさは冒険者見習いとされるランクG並みかそれ以下だな。
「嬢ちゃんが本物の冒険者なのはわかった。それで、剣がほしいんだったよな。どの剣にする?」
「ええと、これがいいです!」
ラズが選んだのは馬上から扱うようなロングソード。
本当にわかっていないな。
「……嬢ちゃん、それは馬上から扱う剣だ」
「ええっ!?」
「はぁ。そっちの嬢ちゃん、名前は?」
「ボク? ボクはアイオライトだ」
「アイオライトって……おいおい、本物か?」
「あなたの知っているアイオライトが誰かは知らないが、ボクはアイオライトだ。それで、どうすればいい?」
「そっちのラズって嬢ちゃんに見合う装備を選んでやってくれ。本物のアイオライトなら専門でなくても知識はあるだろう」
「知識ならね。それじゃあ、適当に選ばせてもらうよ」
ボクは店内をぐるっと見て回り一本の剣を手に取った。
ボクには長すぎる剣だがラズにはちょうどいい長さだろう。
バランスもなかなかいいし初心者向けだ。
ボクはそれをラズに渡す。
ラズもそれを手に取って軽く動かしてみているが、なにか驚いたような顔をしている。
本当に大丈夫かな?
「……すごい。すごく扱いやすい」
「それはそうだろう。ラズが扱いやすそうな剣を選んだんだから」
「いいですね! これにします!」
「わかった。店主、これを売ってくれ。あと、バランス調整も」
「バランス調整?」
「武器は使い手によって微妙に扱いやすい重心が異なる。武具屋で装備を買ってそれを調整できるなら調整してもらった方がいい」
「そうなんですね。知りませんでした」
「……本当に大丈夫かよ、嬢ちゃん。支払いはどうする?」
「ボクが払うよ。バランス調整にはどれくらい時間がかかる?」
「いまからだと明日の午前中だな。午後になってから取りに来てくれ」
「わかった。ラズ、重心を整えてもらえ」
「はい! ありがとうございます!」
ふう、武器を選ぶだけでこれか。
防具まで選ぶとなるとどれくらい時間がかかるのか。
手直しする時間も含めて5日後の朝までにできているといいんだけど。
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