第6話 なんじゃありゃ…

「いかにも、ワタシが日本異能教会の会長にして、校長の桐生眞三郎きりゅうしんざぶろうだ。以後よろしくのう」

 桐生はそう言って手を差し伸びてきた。

「よっ、よろしくお願いします。桜木です」

 その手を握って握手をした。

「ふむ」

 握手の手を離した桐生は、目を細めて残りの二人を見つめた。

「ほっほっほ。どうやら今年は粒揃いなようだなデイビス。では初めての授業は例年通りワシが担当するとしようかのう」

「了解しました、校長。ちょうど私は次の任務があったところなので、ここで失礼します」

 デイビスはそう言って忽然と姿を消した。

「それでは、お主たちに科される初授業。実力を観る意味でも式神を使った実戦形式の授業を始めるかのう」


 校舎から北に出てたところにある、巨大なボックス。体育館と名付けられたそこは、小学生の頃から馴染みのある場所だった。

 バスケットコートとしても、併用されているらしくリングネットが合計4つほど設置されている。だが、今回俺がそれよりも気を引いた存在が目の前にあった。

 犬であって犬でない動物が体育館の中央に居座っている。姿は確かに犬だが、大きさが違う。

 まるで像。

 それが五匹。

「なんじゃありゃ」

 びっくりして思わず足が止まる。

「式神…? だけどあんなの始めて見た」

 俺よりも異能について知識のある山羽がつぶやいた。

混沌犬カオスドッグ。寝起きは機嫌が悪いが、式神としては、5級で大人しい」

 桐生は細い目をさらに細めながら紹介した。

「今回の実戦は、一番簡単なものだ。ここから一匹選んで、校舎の中を散歩してきてほしい。一周回ってここに一番早く戻って来れた人が勝ちだ。ご褒美を与えよう」

「おおー! なんか楽しそう」

解放戦士セレティストとして活躍したいなら式神の動きに慣れるのが一番早い。混沌犬カオスドッグの動きが全ての基本を身につけるのに最適なのだ」

 なんだか知らないが、早く成長できるのなら好都合だ。俺は一刻も早く強くなって、オヤジの仇を打たなきゃならねぇからな。

「さっさとやろうぜ」

 トッルルルルトッルルルルトッルルルル。

 携帯の着信が体育館に鳴り響いた。

「ん?」

 桐生はそれが自分だと気づき、ポケットに手を突っ込んで、耳元にあてがった。

「もしもし、こちら桐生だが?」

 携帯の向こう側の話し声は聞こえないが、桐生の顔がみるみる険しくなっていく。

「なんだって! よし、今から行こう。何、一年坊の授業なんぞ、多少遅れても問題ない」

 そう言って携帯の切って、ポケットの中に戻した。

「ほほーい! すまんが、緊急の用事ができた。悪いが待機しておいてくれ」

「…え?」

 あまりに急な話に、変な声が出てしまった。

「いいかね。あくまでも待機だからな。体育館から出てしまって、はぐれても困るが、この式神に近づくともっと困ることになるぞ。私が帰ってくるまで、ここで大人しく待っておくこと。では、サラバ!」

 桐生はそう言って、きびすを返すと、そそくさと体育館から小走りで出て行って行ってしまった。

「なんじゃありゃ…」

 山羽がその後ろ姿を呆れ気味に見送る。

 シーンと静かになった体育館。

 ぞんざいなやり方で、自習しておけって言ったって何をしていいか分からない。いるのは、俺たち新入生三人と五匹の混沌犬カオスドッグ

 ふと、俺の中に一つ、アイデアが浮かんだ。このたいくつな時間を吹き飛ばすにはちょうど良い。

「山羽ちょっと、勝負しねぇか」

「はぁ? なんだよこんな時に」

 体育館の一番を指差した。そこはちょうど舞台との境目の壁になっている。

「今から男気ジャンケンでどっちが早く、あの壁をタッチしてこっちに戻って来れるか勝負しようぜ。もちろんあの犬の真ん中を往復してな」

 混沌犬カオスドッグは今や、五匹とも仲良く身体を寄せ合い、スースーと気持ちよさそうに眠っている。

「アレに気づかれることなく、往復できるかどうか、漢が試されるだろ。どうだ山羽、やるか?」

 山羽はじっと俺の話を聞いていた。

「ふっ、流石は桜木。面白い発想じゃないか。でも、僕は名門山羽家の人間として、幼い頃から、一族のものに式神の扱いを教わってきた。だから、一つ教えといてやる」

 山羽はそう言って、胸を張って姿勢を改めた。

「桜木は異能について、軽く考えているようだが、式神とは昔の呼び名で土地神。小さな村が独自に崇めていた厄除けの神たちだ」

「じゃあ、神だからってただ暇な時間を過ごすのかよ。俺はゴメンだ」

 そんなんじゃ、オヤジは報われない。もっと強くなってオヤジが守りたかったモノも受け継ぐ。

 混沌犬カオスドッグの群れの中心に、恐ることなく向かっていく。

「おい、桜木!」

 山羽が俺の背後から声をかけてくる。

 だが、俺はもう決めたんだ。

 自分の手で強くなるってな。

「バカでしょ。アイツ」

 今まで、俺たちを冷たい目で見ていた雪華が、ぼそっと呟いたのも聞こえた。

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