第15話 テレビクルー達、公開処刑
ダンジョンでグラビアアイドルの雨宮 結衣を救出してから三日後、結衣が入院している個室の病室で和哉と《モストマスキュラーズ》状態の双子、そして上半身だけ起こしてベッドで安静にしている結衣がいた。
流石に病院の廊下をマッチョマン状態の二人を歩かせる訳にはいかないので、彰と陽介の姿のまま訪問し、結衣には多様無言で正体を明かした上で、目の前で変身をしたのだ。
「あの筋肉を抑えるスキルがあるんですね……、ダンジョンって不思議ですね」
「う、うん。そうだね」
結衣は涎を垂らしながら、彰改め兄者、陽介改め弟者の筋肉にうっとりしていた。
和哉は最初「おっ、二人に気があるのか?」と、親友達に春が訪れる可能性がある事実に喜んだが、ただの筋肉フェチを量産しただけという結果にがっくりしてしまう。
「雨宮嬢、経過はどうだい?」
兄者がサイドチェストをしながら訊ねる。
「はうぅぅぅぅ♡ は、はい良好ですぅぅ」
「ほほう、それは良かったぜ!」
弟者はダブルバイセップスを披露しながら、結衣の容態が回復に向かっているのを喜んだ。
「はいぃぃぃ♡ ありがとうございますぅぅ♡」
(何だこれ……)
一人だけ筋肉に全く興味がない和哉は、自分だけ場違いな気がして疎外感を感じてしまうのだが、今はそんな事はどうでもいい。
「おほん。さて、じゃあ早速始めようか。雨宮さん、準備はいいかい?」
「はっ! す、すみません。準備は大丈夫です」
「よし。あっ、彰と陽介は適当に俺等の後ろでポージングしててくれ。事件当時の説明が欲しい時、俺から振るよ」
「「わかった」」
適当にポージングしていろとは、これまた意味不明な指示である。
ちなみに今回の撮影に関しては病院側にしっかり許可を貰っており、更にカメラの裏側には警察が既に待機していた。
これは結衣の体調を考慮して、取り調べも含めて配信と状況説明を一気にやってしまおうという配慮だ。
和哉が警察にも視線をやると、事件担当の刑事が首を縦に振る。
準備は完了だ。
「んじゃ、始めるぜ」
「はい!」
和哉のスタッフが配信をスタートし、手でスタートしたという合図を和哉に送る。
「おっす皆、KA☆ZU☆YAだ! 急な生配信に来てくれてありがとうな!!」
流石KA☆ZU☆YAである。
既に視聴者は十万人を超えており、Yo!tube内でもお勧めに上がってくる程だ。
「さて今日は、告知をした通り雨宮嬢を助けた時の詳しい説明を配信でしていこうと思うぜ」
>待ってました! あの時の真相を知りたい!
>結衣ちゃんのファンです! あの時モスマスが助けてくれなかったらきっと結衣ちゃんは……。感謝です!
>結衣ちゃんのファンです! 是非詳しく教えてください!
>暴露系のカレコレさんの所から来ました
>大炎上の予感がして
>後ろのモスマスがうるさいwwwwww
結衣のファンも生配信を視聴しているようだ。
「では当時の状況を詳しく説明をする前に、雨宮嬢からまずは言いたい事があるそうだ。雨宮嬢、どうぞ」
「はい。はじめましての方ははじめまして。そして私を普段から応援してくれているファンの皆様、この度は心配をかけてしまい申し訳ありませんでした。グラビアアイドルをやらせていただいている、雨宮 結衣と申します」
>謝らなくていいよ、結衣ちゃん!
>ゆいちゃぁぁぁぁぁぁん!!
>初めて雨宮さんを知りましたが、凄く可愛い
>めちゃかわ!
「まず状況説明をする前に、私から宣言をさせて頂きます。結論を言うと私はテレビクルーの方に足をナイフで刺されその場に動けない状態にされ、囮にされました。その為、実はカメラ裏に既に警察の方がいらっしゃり、被害届は提出済みです」
>手際いい!
>徹底的にやってくれ、ポリさん!
>いいぞいいぞ
>テレビクルー、やっぱり結衣ちゃんを刺してたか。許すまじ
>大炎上不可避
「また、今私が所属している事務所 《スターライトプロダクション》を本日辞めさせて頂く旨を連絡しまして、承諾を頂きました。これを以て、私はしばらく芸能活動を全て休止する運びとなりました」
>えっ、休止しちゃうの!?
>ナイフが刺さっている箇所が箇所なだけに、休まざるを得ないだろ
>でも事務所を辞めるって、結構な事じゃない?
「何故事務所を辞めるのか、という疑問を持たれている方もいらっしゃると思いますが、それについては真相を話すタイミングでお話しできればと思っています。本日は最後までお付き合いください、よろしくお願い致します」
結衣はベッドの上で深々とカメラに向かって頭を下げた。
>最後まで視聴します!
>もとより最後まで観るつもりだった
>おk
>おk
「ありがとな、雨宮嬢。で、後ろの煩い筋肉双子は彼女を救い出した重要参考人だから、この場にいてもらうぜ。煩いと思うがまぁ適当に流してくれ」
>ずっと爽やかな笑顔でポージングしてるぞw
>警察の方々、彼等を見て苦笑いしてそうw
「ではまずは、今からカメラを切り替えてテレビクルーが残していったカメラの映像を皆に見せるぜ。その映像は警察の方も一緒に見る形となる。皆に見てもらった後、俺達の口からより詳しい当時の状況を説明する」
和哉は手でスタッフに合図を送る。
すると、配信の画面は切り替わる。
「雨宮ちゃん、今日も可愛いね! 大丈夫、このダンジョンの一階層はゴブリンっていう弱い魔物しか出ないからさ」
プロデューサーが、不安そうな結衣に軽いノリで声を掛けている。
だが、彼の言葉に更に結衣の表情が固くなるのが良く分かった。
「……今から引き返せないでしょうか?」
結衣が弱々しく懇願する。
が、プロデューサーがノーを突き付ける。
「あのねぇ雨宮ちゃん。一度受けた仕事は最後まできっちりこなさないと。確かに君は最近売れ始めてるけど、まだまだ下の下だよ? そんな君がこの仕事断ったらさ、この先――仕事、来なくなるかもよ?」
「そんな、脅すんですか?」
「脅すなんて人聞きの悪い! ただ、俺は業界長いから、雨宮ちゃんの評判を訊ねられたら、『最後まで仕事をこなせない無責任な子』って伝えちゃうかもしれないねぇ」
「っ!!」
結衣の表情が強張る。
遠回しに言ってはいるが、事実上脅しである。
結衣は売れない時期が長く、ようやく人気が出始めてきたのだ。
ここで仕事が無くなると致命的過ぎるし、結衣のキャリアにも傷が付いてしまう。
彼女には、仕事を最後までやるという選択肢しかなかった。
「わかり、ました」
「いやぁ、流石だよ雨宮ちゃん! じゃあさくっと撮影しちゃおう!」
>ひ、ひでぇ
>テレビ業界パワハラすぎひん?
>結衣ちゃん、何の撮影なんだこれ?
>どういう撮影なんだろう
「じゃあいくよ! 三、二、一!」
「……は~い、皆さんこんばんは♪ 雨宮 結衣です! 実は、今私がいるのは、何と! 東京にあるダンジョンにきてま~~す♪」
撮影がスタートした瞬間、流石はプロ、眩しい笑顔の表情に切り替えて明るく振舞っている。
「え、グラビアアイドルの私が何でダンジョンにいるかって? それはですねぇ、テレビの企画でやってまいりましたぁ♪ 題して、『グラビアアイドルが探索者になってみた!』です!」
結衣は自身の武器である豊満な胸を上下に揺らす為、わざと大袈裟に身体を動かしてばるんと揺らす。
自分の売りをわかっているからこそ、視聴者へのサービスである。
「私、実は探索者の資格を取りまして、私がどこまで探索者をやれるかという記録を、皆さんに見てもらおう! っていう企画です♪」
結衣の表情が一瞬引き攣るのが分かった。
だが、プロデューサーは止めない。
>うっわ、これヤバい企画やん
>ただでさえ探索者って毎日死人がでるのに、戦う経験を積んでない結衣ちゃんをいきなり探索者にするとか、正気の沙汰じゃないぞ
>おいおいおいおい、こいつらゴブリンを甘く見過ぎてるだろ! ゴブリンは成人男性ですら一撃喰らったら骨折しちまうほどなんだぞ!
>結衣ちゃん、仕事の為に無理矢理明るく振舞ってるのが痛々しくて、見てらんねぇよ……
>今すぐ苦情入れたいけど、最後まで観る
>テレビ業界、探索者の世界を甘く見すぎだろ。腹が立つ
「今日の目標は、ゴブリンっていうダンジョンの中では弱い魔物を一匹狩っていきます! どうか、応援してくださいね♪」
どうやら、結衣一人にゴブリンの討伐をやらせるようだ。
ゴブリンは確かに弱い魔物だ。
"比較的に"という形容詞が付くが。
一度も戦闘をした事がない結衣にとっては、一人でゴブリンと戦うのは命を無駄に捨てる行為に等しい。
>えっ、ソロで!?
>いやいやいやいや、何考えてるんだよテレビクルー!
>えっ、これテレビクルーは助けないの? アタオカだろ
>やばっ
>屑やん
視聴者も初心者がソロでゴブリンを討伐する行為がどれだけ危険かわかっており、フラストレーションが大分溜まっているようだ。
そして結衣はナイフを片手にダンジョンの奥へ進んでいく。
カメラは結衣の下半身を舐めるように撮影する。
この行為が、結衣のファン達を刺激している事に、今も気付いていないだろう。
そして歩いて約五分後、ダンジョンに異変が起こる。
結衣が歩くずっと先から、無数の足音が聞こえてくるのだ。
しかも段々と足音は大きくなっていき、こちらに向かってきている様子だ。
「な、なんでしょう……?」
流石の結衣も顔面が恐怖で引き攣っている。
だが、プロデューサーはお構いなしだ。
「これはいい撮れ高だ! 雨宮ちゃん頑張って!!」
テレビクルーも、結衣も探索者なり立てだからわからなかったのだ。
この無数の足音こそ、
プロデューサーは撮れ高を期待して、喜んでいる様子だ。
しかし、彼等が喜びから恐怖に変わる瞬間がやってきた。
なんと無数のゴブリンが向かってきたのである。
「きゃぁぁぁぁっ」
結衣も叫んで逃げ始める。
「逃げるぞ!!」
「カメラは絶対に落とすなよ!! 落としたらお前クビだからな!!」
「そんな無茶な!!」
「お前の命よりカメラの方が大事なんだよ! ほら、逃げてカメラを死守しろ!!」
もう映像を撮る余裕はなく、映像はかなり乱れている。
しかしカメラは音声をしっかり拾っており、必死に逃げる結衣とテレビクルー達の声が録音されていた。
「畜生、俺はまだ死ねねぇぞ! 俺はこんなところで終わる人間じゃねぇ――そうだ、雨宮ちゃん!」
「な、なんでしょうか!!」
「わりぃけど、俺達の為に犠牲になってくれ!」
「えっ」
その後、ナイフが肉に刺さる音が聞こえると同時に、結衣の絶叫が響き渡る。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ちょプロデューサー、何してんすか!」
「何って、この子に囮になってもらうんだよ! いいか、雨宮ちゃんはまだ売れっ子の駆け出しだ。テレビ業界からしたらそんなダメージはない。だったら、別にいいじゃねぇか」
「でも!」
「でももへちまもねぇんだよ! ……ちっ、そのカメラも不都合だな。ここに置いてけ」
「いいんですか!?」
「今もカメラ回りっぱなしだろ? つまり証拠が残っちまう。だったらゴブリン達に壊してもらった方が都合良い。ダンジョンは、壊れた人工物を分解してくれるらしいから、丁度いいじゃねぇか」
「……わかりました」
「よし、じゃあ雨宮ちゃん、後はよろしくね」
「そ、そんな、助けて、助けてぇぇぇぇぇぇっ!」
結衣の悲痛な声が響き渡るが、すぐにゴブリン達の声や足音にかき消される。
>えぐい
>プロデューサーが基地外すぎる
>テレビクルーも見捨てやがった
この映像を見た視聴者も、テレビクルーに随分フラストレーションを貯めているようだ。
そして映像は和哉達の映像に切り替わった。
「以上が収録中にあったと思われる内容だぜ。後はモスマス達の配信で偶然通り掛かり、俺達が彼女を救出したっていう感じだ。その場面を観たい視聴者は、概要欄にURLが張ってあるからそこから飛んでくれ」
警察も映像が充分に証拠となると判断したのか、スマホを取り出し小声で指示を出している。
生配信と並行して逮捕状作成に踏み切ったようだ。
「ここからは俺達が詳しく状況を説明する。が、その前に。おい、プロデューサー含めたテレビクルー達、冗談抜きで被害届を出したから震えて待ってろ。俺も、モストマスキュラーズも、雨宮嬢も、お前達の行いは許さねぇからな」
>俺も許さねぇ
>絶許
>【速報】テレビダンジョン、電話対応でパンクしている模様
>奴等の公式アカウント、鍵垢にして逃亡しようとしてるwwwww
>公式が鍵垢とか、聞いた事無いんだが?
>テレビダンジョンはかなり下火だったから、過激コンテンツで人気を取り戻そうとしたけど、裏目ってる
登録者数一千万人の超大手Yo!tuberの影響力は伊達じゃない。
既にテレビダンジョンは、クレームの対応に追われているようだ。
しかも対応はあまり誠実とは言えない。
これはもう大炎上不可避である。
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