第11話 モンスターハウス


 魔物集会所モンスターハウス

 魔物大災害モンスターパレードの予兆とも言えるこの現象は、特定のフロアで魔物が密集して発生するものだ。

 未だに何故このような現象が発生するのかは不明なのだが、法律上探索者は魔物集会所モンスターハウスが発生した場合はただちに排除する事が義務付けられている。

 ちなみに魔物集会所モンスターハウスが発生したのは、約半年前なのでそこまで頻繁に起こらない現象なのだが、イカれた兄弟の配信デビューで運悪く起きてしまったようだ。


「ゴブリンの魔物集会所モンスターハウスだ、数が多すぎる! 早く逃げろ!!」

 

 奥から必死に逃げてきている探索者達は、約四名。

 魔物集会所モンスターハウスの定義は、最低でも百匹の時。

 そしてここはダンジョンの第一階層。

 つまり現状、探索者四名では抑えられない程のゴブリンの数がいて、放置したら地上に溢れ出てしまう状況だという事だろう。


「君達、君達では対処できない程の数なのかね?」


 兄者こと彰が逃げてくる探索者に訊ねる。


「も、《モストマスキュラーズ》!? あ、ああ。百匹を軽く越していて、今地上に出て協会に助けを求める所だ!!」


「生憎ゴブリンバカ達だから進行速度は遅いのが助かってるぜ」


「後、一名が引き付け役をやってくれてるからな!」


 引き付け役?

 兄者と弟者がぴくりと眉を動かす。

 まさか、彼等は――


「とにかく、早く逃げろよ!!」


 兄者と弟者が問い詰めようとした時、四人の探索者は一目散に逃げて行った。

 この状況で引き付け役なんて、無謀すぎる。

 恐らくは――


「囮に、させられたか」


「……兄者。俺達はどうする?」


「ふむ……」


 兄者は腕を組みながら、和哉の方を見る。


「和哉、さっきの連中はしっかり撮影してあるかね?」


「俺はカメラマンだ、ばっちりだ」


「流石だ。では配信を止めて、君も避難――」


「しねぇよ! 俺が君達を配信に誘ったんだ、しっかり付いて行くぜ」


 和哉は一応探索者だが、戦闘能力はほぼ皆無だ。

 正直声が震える程怖い。

 だが、桂葉兄弟を配信者の世界に誘い込んだのは自分だ。

 ならば危険な場所でも、共にいる責任がある。

 

「……流石だよ、和哉。安心したまえ、我等兄弟が必ず君を守ると誓おう。私の肉体で攻撃を弾き――」


「俺の腕と脚で、敵を全て薙ぎ払うさ!」


「……頼むぜ、二人共」


>うひょぉぉぉ!! なんか熱いぜ!

>え、二人でモンスターハウスに対処するって事? 大丈夫?

>いやいやいやいや、他の探索者も呼んだ方がいいって!!

>流石の二人でもきついだろって!!


 コメントで心配する声、熱狂する声で分かれている。

 しかし、桂葉兄弟と和哉は、コメントを一切見ていない。

 三人は走り出す。

 魔物集会所モンスターハウスが発生しているであろう場所へ。

 囮にされている探索者を助け出す為に。


 しかし――

 筋肉ブルトーザーである二人は、とてつもない速さで第一階層の細い通路を駆け抜ける。

 そして運動神経が底辺クラスの和哉は情けない声で――


「お、俺を置いて行かないでぇぇぇぇぇ!!」


 と叫ぶ。


>KA☆ZU☆YA草

>シリアスが長く持たない定期


 コメントでも馬鹿にされていた。












 魔物集会所モンスターハウス状態のゴブリンが、涎を垂らして一人の少女に近付いてきていた。

 彼女の名は《雨宮 結衣》。

 現在十九歳の大学生兼グラビアアイドルだ。

 流石グラビアアイドルと名乗るだけあり、豊満な胸を持っているのに体全体は細いという、抜群のプロポーションを持っていた。

 今日はテレビ番組の企画で『グラビアアイドルが探索者になってみた』を収録していたのだ。

 そしてテレビクルーを引き連れて、本日探索者デビューを果たした。

 のだが、同じく探索者デビューを果たしたテレビクルーは、機材を放り出して一目散に逃げた。

 いや、彼女に強制的に囮役をさせた。

 プロデューサーが、結衣のアキレス腱にナイフを突き刺し歩けないようにし、テレビクルーは我先にと退散したのだ。


 ゴブリンは人間の女性――特にスタイル抜群な女性を好む。

 好き放題犯すし、サンドバックにして楽しむという残虐性すら持っているのだ。

 ゴブリン達が涎を垂らしているのは、丁度いい娯楽が見つかったと喜んでいる証拠だ。

 

「……いや、いやだよぉ」


 十七歳で芸能界に飛び込み、鳴かず飛ばずの苦しい下積み時代を乗り越え、ようやく人気が出てきた時だというのに、眼前にはおぞましい死の軍勢が迫ってきている。

 これからだというのに、自分の死は確定したようなものだった。


「だから、探索者の企画なんて嫌だって言ったのよぉ……」


 何度も反対した。

 だが、事務所は「今ここで仕事を断ったら、きっとテレビで使ってもらえなくなってしまう」と考えて、強行したのだ。

 あの時、芸能界を去ってでも仕事を断るべきだったと、今更ながら後悔していた。

 芸能界でもっと活躍したい、その夢を優先した結果がこれである。

 笑えない、全く笑えない。


 仕事が忙しくて、青春すら碌に経験して来なかった彼女。

 恋をする暇すら与えられず、心をすり減らしてまで人気を勝ち得たのだ。

 その末路がこれとは、悲惨である。


 だが、生きたい。

 ここで死ぬ訳にはいかない。

 結衣は立ち上がろうとする。

 が、アキレス腱がナイフで切れてしまい、あまりの痛さに地面に倒れ込む。


「あああああああああっ」


 激痛に耐えられず、脚を抱え込んで悲鳴を上げてしまう。

 人生で一度もこのような痛みを味わった事がない結衣は、目からぼろぼろと涙が溢れ出る。

 心の中では逃げなきゃと思っているのだが、身体は痛みに耐えきれずに動いてくれない。

 そしてゴブリン達はもう、後十メートル程の距離まで迫っていた。


「いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!」


 必死に這いつくばって逃げようとするが、あまりにも遅い。

 間違いなくこのままでは好き放題されてしまうだろう。

 ゴブリンの下品で汚い笑い声が聞こえる。

 自分ではどうしようもない状況だ。

 なら、一縷の望みに賭けて、叫ぶしかない。


「だれか、だれかたすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ゴブリン達は既に結衣の眼前にいて、手に持った棍棒を彼女の脳天へ振り下ろそうとしていた。

 もう、ダメだ。

 結衣は目をぎゅっと閉じた。


「マッスルぅぅぅぅっ!!」


 誰かが奇妙な言葉を放ちながら、ゴブリンと彼女の間に割って入り、ゴブリンの棍棒による振り下ろし攻撃を受け止めた。

 結衣はゆっくりと目を開けると、思わず「……あへ?」という言葉が漏れてしまう。


 自身の眼前に広がっている光景は、黒いブーメランパンツのみの筋肉ムキムキマッチョマンが、ボディービルで見かけるポーズ――腹筋アブドミナルアンドサイ――を取りながら身体で棍棒を受け止め、棍棒自体がばきりと音を立てて破壊されているという、信じがたい光景だった。

 自分達の武器による攻撃を裸で受け止め、武器すら破壊されたゴブリン達は戸惑う。


 そりゃ戸惑うだろう。

 助けられた結衣すら戸惑う光景なのだから。


 直後、もう一人の筋肉ムキムキマッチョマンが、丸太を思わせる程の太い腕でゴブリン達を薙ぎ払った。


「ふん~~~~っ!!」


 ゴブリン達が悲鳴を上げて吹き飛ばされる。

 そして二人は結衣に近付き、爽やかな笑顔でこう言った。


「「大丈夫かい、お嬢さん?」」




 

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