離れていても

 飛行機の中で、おれはしばらく、何も考えられなかった。鞄の中にある本を読む気持ちもなかった。

―結局、言えなかったな。

 絞り出した言葉を冗談だと言い、自分で打ち消してしまった。最悪だ。

 息を吐き、少し心を落ち着ける。そして、自分のこと理央のことを考えた。中学3年でおれの人生は暗転し、地獄になった。

 もし、あの事件が起こらなかったら、おれは理央とは別の高校に進学し、それなりに楽しい生活を送ることができただろう。両親もおれのことを愛してくれていたはずだ。

 でも、理央はおれの人生になくてはならない存在だ。理央と出会わない人生は考えられない。

 あの事件は、本当に辛かったけれど、それと引き換えに本当に人を愛する気持ちをおれは手に入れることができたのではないか。

 理央のおかげで自分の人生を少し愛せるようになった。

 この人生だったから得られた感情がある。それは紛れもない事実だった。


 福岡に着いた。待ち合わせ場所に叔父はもう来ていた。

 車に乗ると、叔父はいきなり「成功したか?」と尋ねてきた。

「成功?何?」

「何って、松野さんへの告白のことだよ」

 おれはうつむいて「言えなかった」と言った。

「何やってるんだ。お前は。情けねえな。お前なら大丈夫って言っただろ」

「理央はおれのことを友達だと思っているし、告白して関係がこじれたらと思うと怖かった」

「その気持ちはわからなくもない。でもな、中途半端な状態でいるとお前が苦しいぞ。松野さんに福岡へ遊びに来てもらえ。その時は必ず告白しろ。大丈夫だ。松野さんとは離れていても繋がることができる。大丈夫だ。お前なら。お前は最悪な時を乗り越えたんだ。それを大きな自信にしろ」

 叔父の言葉は力強かった。そうだ、おれは乗り越えることができたのだ。


 叔父の家に着くと、いとこの美香ちゃんと聡太君、叔父の妻、恭子さんが待っていた。

「健人君、久しぶりね。今日から、ここがあなたの家よ」

「健兄ちゃん、一緒に住めるなんて嬉しいよ」

「ありがとう。大きくなったね。美香ちゃん。叔母さん、受け入れてくれてありがとうございます」

「何、他人行儀なこと言っているのよ。疲れたでしょう。今日はゆっくりしなさい」

 久しぶりの家族の雰囲気に身体が温かくなるのを感じた。

「俊介さんから聴いたわよ。彼女がいるんだってね」

 おれは少し戸惑いながら「まだ、彼女ではないです」と言った。

「こいつな、まだ告白してないんだよ」

 美香ちゃんが「なんで」とおれに聞いた。

「それは、勇気がでなかったというか、何と言うか…。叔父さん、理央のこと何て話したんだよ」

「健人の将来の結婚相手は決まったって話しただけだよ」

「まだ、早いよ。そんなことは」

 おれは頬を赤くして言った。その様子に美香ちゃんと叔母さんが笑った。聡太君はきょとんとしている。その様子におれも思わず笑ってしまった。

 家族はこんな風にできていくのだ。きっと。

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