言葉
3月になった。おれと理央は無事、第一志望の大学に合格した。入間先生も斎藤先生も喜んでくれた。
2人ともおれ達のことをずっと見守ってくれていた。おれと理央は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「春原、お前はいつ福岡に行くんだ?」
「3月11日です」
出発するまで10日もない。その前にやらなければいけないことがあった。
「いいんですか、春原先輩、こんなに集めたのに」
おれは理央と竹本さんを自宅に招いた。おれが集めた本、全てを叔父の家に持っていくわけにはいかない。理央と竹本さんに好きな本を持っていってほしかった。
「すごいですね、本屋さんに置いてなさそうな本もありますよ」
竹本さんが驚いたように言う。
「古本屋とかで買うこと多かったから」
理央を見ると、理央はおれの本をじっくりと見ていた。そして一冊の本を手に取り、しばらく、その本を読んでいた。
おれはその本の表紙を見た。
それは、無実の罪で村を追放された少年の話だった。
「その本か…。一番、泣いた本だな」
「自分と重ねたの?」
おれはうなずいた。
その頃、おれは本を読む時にしか、感情を出すことができなかった。人を信じられず、ずっと暗闇のような人生を歩んでいくのだと思っていた。
でも、それは違った。
この少年は死ぬことも考えるが、様々な人と出会い、優しい心を取り戻していく。
良かった。生きることをあきらめなくて本当に良かった。
「この本は福岡に持って行った方がいいんじゃない?」
「そうだな…。傷ついた時、またこの本が支えてくれるかもしれないし。鞄に入れて持って行こう」
竹本さんが本を20冊程度、抱えていた。
「春原先輩、こんだけいいですか?」
「うん、もらってくれてありがとう」
「でも、先輩方、遠距離恋愛なんて大変ですね」
「えっ」
その言葉に理央は顔を上げた。
「私も恋愛したことないんで、想像なんですけど、やっぱりすぐに会えないって色々苦労する…」
「待って、竹本さん。色々と勘違いしているみたいだけど、私と春原君はそういう感じでの付き合いじゃないよ。友達だよ。ねえ、春原君?」
理央が慌てたように言う。
その様子に、おれは言いたい言葉を飲み込んでしまった。
「…ああ」
竹本さんは納得していないようだったが、明るい声で「先輩方と離れるのは寂しいですけど、色々と連絡取れ合いますから、また、会えますよね」と言った。
おれと理央はうなずいた。初めての後輩が竹本さんのような人で良かったと思った。
「竹本さん、来たがっていたんだけど、用事があるんだって」
3月11日、理央が見送りに空港まで来てくれた。
「私、空港来るの初めてなんだけど、人が多いね」
多くの人がいても理央の声がはっきりと聴こえてくる。もう、チャンスは今しかない。
「今日は3月11日なんだよな」
「そうだね」
3月11日、多くの人が震災で亡くなった日だ。あの震災で多くの人の人生が狂った。そのことを忘れてはならない。
「亡くなれた方たちは色んな言葉を言いたかったんだろうな。あんなことがなければ伝えられた言葉がいくつもあるはずなんだ」
そうだ、おれは生きている。伝えられるのだ。
「明日が来るとは限らない。だから、今日の内にしておいた方がいいとは言うけど、それは、難しい。言葉だってそうだ。いつか伝えようと先延ばしにしてしまう」
おれは少し息を吐いた。
「理央、おれが福岡に一緒に来てほしいって言ったらどうしてた?」
理央が何も言わずおれの顔を見ている。表情が固まっている。それを見ていると正直に自分の気持ちを言えなくなった。
「冗談、今の忘れて」
おれは笑いながら言う。理央もその言葉に笑った。
搭乗時刻が近づいたのでおれは席を立った。
「じゃあ、福岡着いたら連絡するな。理央…。これからも、友達でいてくれるよな」
「もちろんだよ。また、会おうね」
また、会おうという言葉におれの胸はあたたかくなる。でも、言えなかった言葉がそのあたたかさを覆った。
おれは理央に背を向けて歩き出した。
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